青い花 第9話「夏の夜の夢」

今回は夏休みの旅行話。先輩も先生も登場せず、恋愛ドラマとしては一呼吸置こうという回。失恋の傷の癒えないふみと京子の交流を描く話でもあり、またあーちゃんの心情に変化が訪れつつあるのを描く回でもあった感じだが、しかし久々に終始なごやかに、かつ楽しそうに描かれていた彼女たちの姿は、見ていて心地よい。


アバンは前回の喫茶シーンから。人の涙というものは不思議なもので、誰かが泣いているのを見ると、その感情がこちらにも伝わってきて、自分自身の似たような体験を呼び起こさせる。ふみの涙はいくみんに伝わり、また彼女のもらい泣きは視聴者の感情を揺さぶるという仕掛けで、前回もとてもぐっときたのだが、脈絡なく見せられた今回でさえも、思わず見ていてもらい泣きしそうになるほど大きな力をもったシーンだ。

本編がかなり明るく描かれていた今回にあっては、このアバンだけ雰囲気が場違いな感じがするが、友情によって傷の痛みを忘れることができても、二人の心にできた傷そのものは完全に癒えることがないというのを、冒頭に涙のシーンを再度見せることによって、うまく印象づけていたように思った。この挿入があるとないとでは、今回の本編のもつ印象が大きく変わっていただろう。



さて本編。すっかり存在を忘れていた奥平兄が登場。あーちゃん邪険にしすぎw まぁ分からなくもないけど、兄がいなかったら電車とかバスで苦労して行くことになっていただろうと思うと、今回くらいは、感謝しろとは言わないが、もうちょっと我慢してあげなよ、と思った。もちろん劇中、いくみんや松岡のかしまし三人娘なんかはそこをよく理解していたようで、あーちゃんを諭したりケンカの仲裁に入るシーンが微笑ましい。

視聴者的にはどう考えてもありえないこの兄貴を、モギーこと茂木美和がかっこいい発言をしていたのは盛大に噴いたw そのあとあーちゃんが「みんなちゃんと好きな人がいるんだ」云々と独白するシーンで、回想の中にモギーの顔が出てこなかったのはわざとだろうか。


笑ったと言えば、怖い話のシーン。あーちゃんがとても怖がりなのが可愛かったが、ふみやいくみんが怖いものに乗り気で頬を赤らめたりとか、突然電気を消してみんながぎゃああと叫ぶところとか、さんざん笑わせてくれた。こういう、日常いかにもありえそうなさりげない描写の上手さというのが、本当によく表れていたと思う。ただ残念だったのが、あーちゃんが怖がってふみに抱きつくシーンがあると期待したんだけど、そこは期待外れだった。

自分が高校生の頃、旅行に行った先で怖い話が始まり、そういうのが大の苦手な私は、同じく怖い話の苦手な友人(男)と一晩中抱き合っていた経験があるのだが、そんな自分のキモチ悪い経験を思い出していたので、ここはぜひともあーちゃんがふみに必死で抱きついている場面を見せて欲しかった。というか今回はふみ&あーちゃんでカップル成立へのフラグ立てがある回だと予測していて、怖い話なんかまさに絶好のチャンスだろうと思ったのに、結局まだはっきりとしたフラグが立っていなかった。残り2話っぽいのだけど、このドラマはちゃんと区切りよく完結してくれるのだろうか。どうしても、この友情関係が、恋愛関係に切り替わる図というのが、現時点ではいまいち見えてこないのが、ちょっと心配だ。



一方で失恋コンビの交流は、いくみんの絵という象徴的なアイテムを上手く用いて、丁寧に描かれていた。ふみが絵を評して「なんだか、、、」と言いかけたセリフ、あれは恐らく「なんだか、先輩のよう」と言おうとしたのだろうが、それを全部言わせないところが心憎い。そしていくみんが自分の恋話をしんみりと語ったあとに、許嫁の康ちゃんの気持ちが語られて、この作品の登場人物がとにかく一方通行な片思いを繰り広げているのだなぁというのを痛感させられる。それぞれが抱く想いのベクトルが、それぞれに純粋に、力強く、真っ直ぐに発信されているのに、各人のベクトルがてんでバラバラな方向へ向けられているために決して交わることがなく、おのおのすぐ近くに存在しているのにも関わらず、それぞれが孤独だ。この交わらない直線を交錯させるためには、ちょっとした勇気や妥協、あるいは他者からのひと押しといったかたちでの軌道修正が必要だと思うのだが、果たしてどう描かれるのか。

少なくともふみとあーちゃんは、ひとまず友人としてとても素敵な関係にあるのだが、仲良く風邪をひいたというのが、笑いをとるためのネタではなく次週のストーリー展開に大きく関わってくるかもしれない。




ところで個人的に、今回最大の見どころは、ふみのエプロン姿だった。あれは反則だ。破壊力が大きすぎる。


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※追記

あとから記事を読み直してみて、いくみんの絵が何を描いていたのかという点で、もうちょっと深く考えておくべきだと思い直した。初見の段階では単純に、白樺の絵が先輩のことを念頭に置いて描かれたものだと解釈していたのだが、むしろここは、先輩への想いを抱く自分自身を描いていたともとれる。あるいは他にも様々な解釈のしようがあるだろうが、上記のように、ふみが言い掛けて結局言わなかった「なんだか」の後のセリフが明かされていないのが、まったくもどかしすぎる。だからこそ面白いのだけど。少なくともふみは、いくみんの絵を見て何か心に通じるものがあったはずで、絵をどう解釈するかによって、この二人の心理の読み方もかなり異なってくる、難しいシーンだ。


この記事へのコメント

2009年08月28日 11:19
ふみちゃんに萌え燃えなんですね。

あーちゃんが京子に「え"~~!!」ってとこが笑えた。

掲示板なぞ作ってみましたので、よろしければカキしてください。
おパゲーヌス
2009年08月28日 11:50
>大日本技研さん
「萌え燃え」という言葉遣いにセンスを感じます^^
しかし一言断言しておきますと、私のふみちゃんを眺める視線は、萌えとか可愛いとかそういう次元にはありません。これは恋です。彼女のことを見つめているだけで、幸福が私の胸を満たし、そのために溺れてしまいそうになるのです。ただの萌えなら他のアニメで十分補填できますが、ここまで惚れこめるキャラクターというのはなかなかいません。

掲示板、早速行ってきました。活発な意見交換の場にしていけるといいですね。

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