ティアーズ・トゥ・ティアラ 第22話「ダーンウィン」

このところ怒涛の勢いで伏線を回収している感のある今作。1話進むたびに物語のもつテーマ性が奥深いものになってきて、見てて興奮が収まらない。



第16話「戦う理由」でオガムの口から語られた、ゴルセズ・アロウンという場所、そこで明かされる真実があるというのがまず直接の伏線となっていて、またそれ以前からちらほらと名前だけ出ていたダーンウィンを、いよいよ手に入れに行くという話。当然のことながらアロウンは、アルサルの決意というか自覚が固まるのを待っていたわけで、タリエシンのときと同じように、過去の話にかなりの時間を割いていた。

こういう展開は、短い話数で構成され、作品のテンポの良さが重要となる近年のアニメとしてはちょっと珍しいかな、と思う。このあたりが、今回も含めたここ最近の展開を、面白いと感じるかどうか、人によって分かれるところだろうなぁ。

自分はこういう展開、大好きです。前も書いたけど、神話や歴史モノのドラマに仮託して、人間の生きる意味を追求しようという物語は、見る価値がある。ただのエンターテイメントは必要以上にあふれ返ってますからね。




過去編は妖精王プィルが出てきて、アロウンと友達になるという話。設定がなかなか理解しづらいw 原作ゲームだともうちょっと詳しい描写や説明があるんでしょうね。

今回みたもので勝手に想像すると。。。


アロウンが連れていた少女(プリムラだっけ?)が、前回登場したのと同じ人物だとすれば、白の精霊たちによる氷河期計画の記憶がまだ新しい頃の話なのだろう。ミルディンによって春がもたらされたが、しかしいまだに地上は精霊たちの支配下にあったと。

人は、祈りの言葉しか口にできない。それは前回のプリムラの描写でもあったが、あれは全人類に施されたマインドコントロール(?)だったのか。また人間たちより地位が高く、もう少し自由が許されている妖精族が、人間たちを管理していると。


勝手に連想すると、アロウンが収容所みたいに評していた当時のアヴァロンは、ようはエデンの園という感じか。その中で智慧を奪われた(与えられてない)人間が、天使(妖精)に管理され、見掛け上の平和を享受していると。ここでは、智慧の実を食べて楽園を追放されたという聖書の中の神話を、人間が自由を求めて天上の支配を脱しようとした事件として捉えているというイメージ。

しかし、許しなく笑ったり泣いたりしてはならないというのは辛いな。


地上にグラビタスが蔓延しているという話だが、あれは人間に冬の試練が与えられたのと同じことが、妖精族の身にも起こっているという解釈でOK? それが正しいなら、12精霊はよほど、自分たち以外の智慧ある種族がお嫌いらしい。


ダーンウィンが神殺しの剣だと語られていた。精霊みたいな高位の存在を傷つけることのできる剣なのだろう。アロウン臨終のシーンでは、ひとまず精霊たちの軍勢を打ち破ったアロウン&プィルが、ダーンウィンの力で、地上に対する天からの干渉を封じることに成功したということでいいのだろうが、それだとアルサルひっこ抜いちゃっていいの?って思うのだけど、もうすでに防壁は突破されてしまったわけで、中途半端に防ぐよりは徹底的に勝負しようということか。アロウンが復活してから今までこの剣を放置していたのは、アルサルの成長を待っていたというのもあるが、ここにきていよいよ、のっぴきならない状況になってきたというのがうかがえる。



アロウンが、プィルに「共に目指そう」と語った、王道が至るという地は、「アヌーブン」という表記でいいのだろうか。公式サイトにこういうカタカナ語の簡単な説明でも載せてくれればいいのに。


そして、レギアスというのはプィルの真の名であったと。へええ。




とまぁ、とりあえず今回語られていたのはこんなトコロかなぁ?自分の理解のためにまとめてみたけど、後でもう一度、この話を見直してみようと思うw




今回なるほどと思ったのは、プィルが「友」という単語を説明する場面で、「命を預ける」という言葉を用いていたことだ。今思うと、第13話「ブリガンテス」においてタリエシンが決闘を申し込んできたとき、アロウンが、決闘の相手にアルサルを指名して、アルサルが負けたら自分の首を差し出すと約束していたのは、まさにアルサルに、自分が友であるということを伝えたかったのだというのが理解できた。当時のアルサルはまだ誓約だの族長や一の戦士だのといったものに縛られていたので、そんなことはまったく気づいていなかったようだが、ストーリー展開的にはそのころからとっくにアルサル育成計画が絶賛進行中だったというのが、明確なカタチで明らかにされた。面白い構成だなぁー。



また、過去話でアロウンが初めてプィルの前に姿を現したとき、自分がさもアヌーブンの出身だとでもいうような口ぶりだったのだが、後になって、共にアヌーブンを作ろう(目指そう、だっけ?細かいセリフはどうでもいいやww)と語っていたところに、「王道」という言葉の指し示すものを視聴者に考えさせる意図があったと思う。


アロウンがまずアヌーブン出身だと言ったのは、今の、アロウンとプリムラの二人の生活そのものが、アヌーブンなのだと宣言していたということだろう。実際にそんな国が地下にあるのではなく、平和で、友愛に支えられた、自由な生活、そういったところのものを、アヌーブンという国だと、プィルに教えたかったというのがあったはずだ。そしてプィルを友として、共に王道を行きアヌーブンを目指そうと語ったのは、全人類規模でそういった生き方を目指せる世界を築こうという決意の表れに他ならない。


どうも今作はいまのところ、アロウンたち(ひいては人類そのもの)が目指すべき理想というものを、具体的に示すことができていない。たぶんそのイメージはちゃんと固まっていると思うので、もう少し分かりやすく提示できていれば、と思うのだけど。キャラクターのセリフや行動によって、あるべき理想を視聴者自身の思索によって掴み取ってほしいという態度は、何も間違ってなどいない。しかし、せっかく大衆受けしそうな作風なので、もう少し分かりやすく表現したほうが、より幅広い視聴者に作品のテーマを訴えかけることができると思う。

過去話を見せることで、動きがあって面白そうなエピソードを削っているこの現状では、作品のテーマなどどうでもいいと思っている視聴者には飽きられそうだなと思ってしまって、なんだかもったいない。


もちろん今回も絵的にはとてもカッコよかったけれど。


最初に二手に分けるという話が出たとき、アロウン&オガムとそれ以外という編成にこだわっていたのは何故かなと思っていたのだけど、あの敵を見て納得した。ダーンウィンもパラディウム遠征も失敗が許されない中で、片方にあれより多い、もしくは少ない陣容で行ったらまずかったですね。アロウンとアルサルのコンビで剣取りに行くのもありかと思ったけど、照れ屋のアロウンはアルサルと一緒にいたくなかったのかな、なーんてことを考えると、ちょっと萌える。





それと、冒頭の馬で駆けるシーンですが、鐙(あぶみ)を付けてなかったように見えた!

これは歴史ファンとしてはポイント高いっすよ。今作がモデルとしていると思われる古代ローマ時代は、鐙がまだ発明されていなかったとされていて、でもこういうところって意外と知られてないんですよね。三国志だと普通にみんな鐙つけてるしw

いや描写が細かすぎて良く分からなかったし、しかも意図せずに鐙を描かなかった(忘れたか、真面目に馬具の資料を見ていない)という可能性もあるんですけどね。でもここは、時代設定に即した描写がされていたと、勝手に解釈しておきますw




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この記事へのコメント

通りすがり
2009年09月01日 10:59
今作は一応五世紀の世界観らしいですよ
あとグラヴィタスは人間以外の種族に対する猛毒なんで地上生物全ての殱滅目的なんじゃないですかね?
おパゲーヌス
2009年09月01日 17:05
>通りすがりさん
へえぇ。てっきり帝政ローマの後期くらいかと思ってました。まぁ史実とは関係ない世界観ですので、わりと面白そうな設定を混ぜてる感じはしてました。作戦会議の円卓のシーンとかアーサー王っぽいけど、でも帝国の描き方は東西分裂以前のローマ帝国って感じだし。

どっちにしろ5世紀の西ヨーロッパには、まだ鐙は導入されてないと思われます。まぁ、どうでもいですねそんなことはw

グラ「ヴィ」タスですか。情報どうもありがとうございます。人間にだけ効かないってのは何か意味があるんでしょうか。それと、その場合の「種族」って、草花や虫も入りますか。それとも「妖精族」「人間族」的な用法?
ほんと、アニメ公式サイトに辞典でも載せて欲しいですw

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