DARKER THAN BLACK 流星の双子 第2話「堕ちた流星・・・」

なんだかファーストを未視聴のまま逆シャア見てるような気分だ。。。


1期は14話まで消化。1クール経ったのにまだお話の核心がまったく見えない。OPで黒を抱えてた、某ピザ子みたいな女性がようやく顔だけ見せた段階ですよ。なので、今回挿入された銀と黒の回想シーン(?)なんかは意味が不明すぎるw しかも黒はCIAの犬になってて酒を常備してるとか、落ちぶれすぎなのがすごく気になるよ。


しかし、徹底して合理性を求める契約者の生き様の矛盾というものが、今シリーズでも重要なテーマになっているらしいというのは分かった。


人間と似ているのに人間じゃない空想上の存在を創り出し、その存在とホンモノの人間とを比較することで、人間とは何かという問題に切り込もうとするのは、かなり古くから行われている創作上のテーマだ。とくにSFで有名なのはアイザック・アシモフの描くロボットが挙げられるだろうし、日本で言えば富野のニュータイプとか、永野護のファティマであるとか。そうした、通常の人間とは異なる者の存在を通して、非常に深い哲学性をもったドラマが生み出されている。今作の契約者という存在も、まさにこうしたスタンスのもとに描かれているのだろう。


こうしたドラマというのは、かなり突っ込んで人間の在り方を問う姿勢が取れれば、非常に奥深いテーマ性を打ち出すことができる。いまのところ1期も2期もまだまともに視聴できていないので、この作品がそれだけの価値を生み出すことができているのか、これは楽しみにしておきたいところだ。しかしその姿勢を取らずに、戦うモノたちの哀愁を味わうだけのドラマになりはしまいか、という不安もある。


これは勝手な偏見だが、どうも日本人というのは、小説やアニメ等の作品の中に「これが言いたいのだ」という主張を入れたがらない傾向があるような気がしてならず、ただ問いかけのみを発して、あとは受け手が考えてくださいという姿勢が目に付く。自分はあまりこういう姿勢は好きではない。受け手の内面を大きく揺さぶる作品を作りたいのなら、作品の中に明確に作り手のメッセージを込めて、感じるのではなく考えろ、という姿勢を取ってこそ、そこに哲学が生まれる。哲学とは考えるという行為である。作品テーマをぼかすということは、作品をどう理解したら良いのかということを考えさせることはできるが、そこから視聴者が何かを掴み取るところに達するのは困難だと思う。この作品はこうだったという結論で思索が終わってしまうからだ。そうではなく、作品のメッセージを明確に打ち出すことで、視聴者の作品理解のための手間を省略できれば、作品によって提示されたメッセージが正しいかどうか、有用かどうかというトコロまで、視聴者に考えさせることができる。そしてそのための思索こそ、受け手の人生にとって本当に価値のある思索であり、それが哲学となるのだ。


このレベルにまで到達している作品というのは、アニメでは極めて稀である。小説ではいっそう少ないイメージがある。漫画は読まないけど、やはり少ないんじゃないかな。一般的に、宗教観の欠落している日本人には不向きなテーマだろうと思う。なにせ江戸時代以来、宗教が根本的な生命力をどんどん失っていったわけで、そこはヨーロッパ文学との決定的な差異だろう。けれど、試みる者が少ないだけで、やってやれないテーマではないはずだ。エンターテイメントが哲学性を獲得してこそ、真に価値ある芸術が誕生すると思うが、アニメにはそのレベルに到達しようという姿勢を見せて欲しい。それが今後のアニメ文化に対する期待である。




話がズレまくって訳が分からなくなったw だって話が理解できないからDTBそのものについて語れることが少なすぎるんだもの。とりあえず、作画が神ってことでそれを楽しんでいればまずはOKかね。あと花澤香菜の演技がいい。


いろんな勢力が入り乱れての攻防は、面白いんだけど、どこに注目したらいいか分からなくて目が回る。もちろんそれを計算に入れてやってるのだろうから、いまはその作戦にしっかり振り回されておいて構わないだろう。OP(めちゃくちゃかっこいいっすね。曲も絵も)で蘇芳が巨大な火器を構えていたが、あれを使って契約者とドンパチやるのかな。もしそうなら非常に期待しちゃう。やはり、才能や能力に恵まれない人が、努力で強大な相手を打ち倒すという構図が燃えるのですよ。楽天まじで頑張ってほしい。横浜ファンだけどw




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この記事へのコメント

2009年10月17日 22:57
実はこの作品、契約者っていう存在だけだとかなり弱いです。
2期の1・2話だけでもターニャと水無を比べれば持っている感情と合理性が契約者の中でもかなり差があることが分かり、
1期にも感情をはっきり見て取れる契約者は多く、そこまで人間離れしていないように思える。
1期14話まで見たなら黒の特異性も分かっている通り、だがそれにも関わらず人に見せる顔は「最も契約者らしい」
黒(や人間)が持つ契約者のイメージであるBK201
実際に存在する契約者
人間
2者に視点を当てるのではなく、ほぼ黒のみに視点を当てる、
それにより黒の苦悩と3者を描き切ったのが1期だと個人的には思ってます。
4者目にまったく感情を持たないと「される」ドール。
ドールも含めてそう思ってるだけなのですが、かなり奥が深い作品になっているかと。
しかし、ドールといえば銀ちゃんは本当にどうなったんだろうか・・・
おパゲーヌス
2009年10月18日 03:12
>kさん
コメントどうもありがとうございます。1期の後半を知らない自分にとっては大変示唆に富んだお話でした。

契約者やドールが、劇中で語られるほどには合理的でも非感情的でもないというのは思っていました。だからこそ、彼らを徹底的に”異なるもの”と主張したがる人間側の態度にこそ、契約者と人間との対比がはっきり表明され、その対比と実際とに感じる矛盾を通して視聴者に訴えかけているナニかがあるのかな、などと思っています。その点、今回人間である蘇芳が契約者の黒に対して「人間と何が違う?」と問いかけたのは、ちょっと衝撃的でした。

>銀ちゃんは本当にどうなったんだろうか・・・
1期見てても分からないんですかwそれはちょっと安心です。
2009年10月18日 17:24
人間と似て非なるもの(ロボット・アンドロイド含め)から人間を描く切り口にアニメは非常に適している確信があります。それはアニメが作り物の表現であるからこそと思うのです。

私も最近見始めたDTB初心者ですが、普通に面白いので1期に乗り遅れたのは後悔しました…。
おパゲーヌス
2009年10月18日 17:48
>ohagiさん
「アニメが作り物の表現であるからこそ」適しているというのはまったくその通りだと思いますね。あとはそこをどれだけ突っ込んでやってくれるか、DTBに期待できるかどうかはまだちょっと自分には見えてきませんが、まぁ楽しんで見ていこうと思います。

たしかにこの作品、1期をスルーしてたのは悔しかったなぁと思います。

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