ささめきこと 第8話「Ripple」

と音の間にこそ、音楽はある。


音楽を奏でるという行為は、一見、楽譜等に示された音符を再生する行為に見えるが、しかし、精確に音を鳴らすことと、音楽を奏でることは、根本的に異なるものである。楽譜に並んだ音符の羅列は、曲を構成する要素の目安でしかない。そこにルールは存在するものの、それが音楽のすべてであると誤認しているうちは、決して真の音楽家たりえない。


音楽の中には、ただ音の高低や長短、リズムの取り方やその速度だけでは表現しきれない何かがある。音楽とは、人の想いを表現する芸術だ。ただ美しさばかりを求めていれば良いわけではない。逆に、たとえ美しく精確に奏でられていなくとも、そこに込められた想いの強さゆえに、人に感動を与える音楽などいくらでもある。言ってみれば、楽譜に書かれた音符と音符の間に存在する空白の部分、ここに、どれだけの想いを、魂を込めることができるか。それが、音楽という世界の勝負点であり、本質的価値である。





ぜこんな話から入ったかというと、それは「ささめきこと」という作品におけるBGMの用法の優秀さを、改めて指摘しておきたかったからだ。


第1話の頃からすでに幾度か書いたことだが、今作におけるBGMは、シンプルで落ち着いた、そしてはっきり言ってしまえば地味なものである。そして今作ではこの地味な音を、極めて有効的に用いていると思う。


具体的には、他の作品に比べて全体的に、BGMの音量が大きく感じる。実際の音量は分からないが、あまり派手に大騒ぎするシーンが多くなく、またSEを強調するということも比較的(というか圧倒的に)少ないために、そのぶんBGMの主張が大きく感じられる。またとくに、キャラクターの心が大きく揺れ動くような、回のキーポイントとなるシーンなどでは、とくに意図的に、音による演出に気を配っている。


しかし特筆すべきは、BGMの音量よりも、むしろその音数の少なさだ。今作のBGMはただでさえシンプルで音数が少なめなのに、そのBGMをまったく使用しないシーンが意外に多い。しかも、大事な場面であればあるほど、無音の状態をわざと作り出している印象だ。





今回、記事の冒頭でいきなり変な話から切り出したのは、この演出手法に注目したかったからだ。すなわち、音楽の本質というものは、音色そのものにあるのではなく、音と音の間の部分にどれだけ想いを注ぎ込むことができるかという点にある。つまり、無音の部分こそ音楽の肝だと言える。音色というものは、その想いを分かりやすく導きだすための指標のようなものなのだ。


今回だけでなくこれまで幾度も用いられてきた手法として、


その回を象徴するセリフなり仕草なりをキャラが演じるシーンで、そのもっとも想いのこもった瞬間に無音状態を作り出し、目には見えない想いが心の器を満たし、溢れだしたその直後に、ひときわ大きな音量でメロディがふっと鳴り出す、、、


といったものがある。毎回のように繰り返し使われている手法であるが、ここで強調されているのが、メロディの紡ぎ出す音色そのものではなく、その直前の無音状態にあるというのはすぐに分かるだろう。


この作品においては、音の無い瞬間にどれだけの想いを込めることができるか、そこに大きな比重を置いている。音はそれ自身はあくまで飾りであり、指標でしかない。シンプルだが魅力的なメロディラインを持ったBGMを、比較的大きな音量で流すからこそ成立している演出であり、無音状態を際立たせるためのBGMであると言えると思う。


この手法が、片恋の切なさや楽しさに胸がいっぱいになるキャラクターたちの感情を絶妙に表現し、それを視聴者に追体験させることに成功しており、じつに見事だと思う。とくに今回のような、シリアス分の多いエピソードでは、それが際立って効果を発揮していたのではないだろうか。






分と考察が長くなってしまったが、本編の中身のほうにも少し触れておこう。


今回はようやく、デコメガネの蒼井あずさが登場。←ただの変態だったw 


たしかに以前女子部に誘われた時、破廉恥だなんて古風な言葉を使って拒否っていたが、性別よりも態度のほうを気にしていたのか。同じ穴のむじなに見えるが、当人は全力否定するだろうね。そういうマニアックな嗜好は大好きだ。


しかし、百合というものに、恥じらいだとか、秘めた想いだとか、情緒だとかを求めるのって、やはり空想世界の住人なのだと思うし、だいたいこれって、男性が妄想する百合の世界のイメージなんではないだろうか。いや、詳しくは知らないけどさw 


女性向けに作られているBLが、かなり性行為を取り込んだ世界観であるのに対し、百合は、モノにもよるが、性行為を描くそぶりさえ見せなくても十分成り立つというか、本質的な部分では性行為とかどうでもいいジャンルだと思う。


そこには当然、現代の男女の恋愛観の違いがあると思うんです。やはり男性は、女子に対して心身ともに純潔であって欲しいという願望が強く、そんな純潔な女子同士が、背徳感を抱えながらも未熟な恋愛に陥っていく様子を愛でるのが、百合の魅力なのだろうと思う。その点朋絵たちのカップルは、恥じらいや背徳感のかけらもなく、しかも性的接触をとっくに経験済みでもおかしくないくらいの開けっ広げな態度で、そこは純潔を良しとする男性妄想視点の百合世界とは根本的に相容れないものがある気がする。


そういう意味で、蒼井あずさというキャラは、純夏とはまったく方向性が違うけれども、それでもやはり男性的な思考を多分に抱えているように見えてならない。もちろんこの子の場合は一方で空想少女趣味な要素も強いので、これは動かし方によっては相当、面白いキャラクターなんじゃなかろうか。少なくとも今回は一発で気に入ったw





夏がやけに男っぽいというか、まんま男キャラだろうというのは以前からみんな思っていたことだとは思うが、とうとう風間にも言われてしまった。まぁ自分で「女心は分からん」なんて言い出したし、もうこれは完全に、自他共に認める男の子。いままでも散々強調されてきたコトだけど、改めてこういう認識を認めてしまうというのは面白かった。


それにしても風間の涙はびっくりしたなぁ。アバンのシーンがどこに挿入されるのかドキドキしてたんだけど、まさかそこで?みたいな。じつに盛り上がってきた。


もちろん風間の言い草は引っかからないでもない。純夏があずさを襲おうとしていたのを見てびっくりした、というのが涙の理由なら、それは恋愛感情でも何でもなく、ただ怖がっていただけ、ということになってしまう。もちろん反応見る限りはそうではないのだろうと思うのだが、では、可愛いあずさが先に他人のモノになってしまうことへの拒否反応だとしたら?なんて想像も、風間の場合は無いとは言い切れないからもどかしい。当然ここでの風間は自分の気持ちにまったく整理がついていないのは明白なので、これは次週以降の展開を楽しみにしたい。





れと、千和さん×扇風機 最強伝説が自分の中で勝手に始まった。ぜひまたやって欲しい。あのシーンだけ繰り返し再生するMADとか、誰か作ってくれないかな。


Aパートで、いちいち野球シーンが挿入されるのが面白かった。演出的に何か意味があったんだろうか。こういう、意味深だけどとくに意味の無さそうなシーンを挿入するというのは、「ウテナ」などでも散々使われていた手法だが、非常に好きだ。今回の野球シーンも、ボールのやり取りやゲームの展開を追うことで、無駄に長い考察を書けそうな気もするが、面倒なのでやめておく。とりあえず今は、「アウト!」のセリフが欲しかっただけの、単なる遊びということで納得しておきたい。


朱宮くんの登場シーンが無かったのだけが残念だった。「誰それ?」には笑ったけどww


にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ
にほんブログ村
↑ランキングに参加中です。読んで良かったとちょっとでも思ったら、クリックしてもらえるとやる気でます^^


花と乙女に祝福を ロイヤルブーケ
↑はなおとRB(ロイブー)発売決定。女装少年好き集まれ!

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック