デュラララ!! 第2話「一虚一実」

やべーなぁこの作品。すさまじすぎる。



・完全に鷲掴みにされた



家庭や社会に対する不信から発生する、若者の不安定な心の揺れ動き。それを巧みに描いて見せた群像劇の第2幕は、沢城みゆきのナレーションで綴られる、不幸な少女の物語だ。第1話の時系列をもう一度なぞりながら、おそらくゲストキャラであろう神近莉緒の視点から、まったく異なる人間ドラマを提示してきた。


Aパートのわりと早い段階で今回のこの構成を理解した時点で、目からうろこが落ちるような想いで、食い入るように画面の中にのめり込んでしまった。ライターの巧みな仕掛けにまんまとしてやられた感でいっぱいだ。


しかし、そんなコトで驚いているようでは、まだまだ甘かった。今回のエピソードは、苦難に直面した少女が思わぬ危機に陥り、それをヒロイックに救出するという点をドラマの醍醐味として描く回だとばかり思っていた。折原臨也のイケメンフェイスにだまされて、彼をセイギノミカタだと勘違いしていたというわけだ。当然それは、少女が救われるお話であって、だからこそ丁寧に丁寧に、神近莉緒というキャラクターを掘り下げて描いているのだと思っていた。


ところが、少女の心理描写の巧みさに感心しっぱなしだった私の無邪気な心酔を、折原臨也はものの見事に打ち砕いてしまった。それまで丁寧に描かれた少女の心理は、じつは何の変哲もない、ひどくつまらないありふれた”甘え”に過ぎないのだと、手品のタネ明かしをするかのようにさも得意げに看破してしまった。折原臨也は、目の前の哀れな少女の浅はかさをつるし上げると同時に、ハナから作品を肯定的に受けとめようとしていた私の愚かしい盲信をも暴きだしてしまったのだ。まるで磔刑に処せられているような気分だった。


この時点で、もう自分はぐうの音も出なかった。ただただ、完敗だったというしかない。これでもし神近莉緒に救いが訪れなかったらと思うと、ゾっとする。首なしライダーは少女の人生を救うと同時に、私のことも救ってくれたようだ。




・メメントモリ


「死を想え」。。。あまりにも有名なこのラテン語の格言は、古代から中世キリスト教時代に入ると、死生観の変化からその意味するところを大きく異にするようになったが、さらに現代においてもまた、深く再検討してゆくことで新たな価値を持ちうる言葉であると思う。思想的にはニヒリズムの時代をとうにすぎ、人々が価値の真偽についてどんどん無関心になっている現代。この混迷の時代に、「死を想え」という格言がどんな役割を果たすことができるか。それを考えさせられたのが、今回のエピソードであった。


また、生死の問題を扱おうとするにあたり、思春期の子供をその主役に据えたというのが、またいかにも現代らしい作劇である。”10代の女の子”というキーワード。これはじつは前回に散々、提示されていたものだ。一昔前であれば、生きる活力と意志を持て余しこそすれ、世を儚んで自己消失を願うなどということは普通ありえない世代である。しかし今回のテーマ、すなわち家庭や社会に対する不信と、そこから来るアイデンティティの喪失、生きる意志の喪失というテーマが、果てしないリアリティを持って我々に迫ってくる。


現代というより、まさに我々が生きている”今この時”という時代を鋭い視点で切り取り、再構築して見せた。この手腕は素晴らしいものがあったが、ただ褒めたり感心するだけでなく、ここで描かれていたテーマについて深く考えることを、して見てもいいと思う。それをするだけの価値のあるエピソードだった。ただのエンターテイメントにしておくにはもったいない。




・OP映像とか、声優とか


OPに前回のダイジェストが入るのはまんま「バッカーノ!」と同じで、大森監督だから許される技法だろう。思えばシャフトは、「ぱにぽにだっしゅ!」の演出技法をそっくりそのまま「ねぎま!?」に転用させて、それをスタイルとして確立してしまったが、大森監督率いる今作のスタッフ陣も、それだけの意図があるのだろうか?それとも、同じことは2度やれば満足するのだろうか。これだけの優れた作品を生み出せる人達なので、今作はもちろん、今後の活躍にも大いに期待させていただくが、作品スタイルを固定して”売り”にするかどうか、そのあたりの戦略にも注目しておきたい。


今回のコンテは、「忘年のザムド」で宮地監督から名指しで褒められていた寺東克己氏。バッカーノでもコンテ切ってましたね。今作は、話がワケ分からなかった第1話よりも、一本のストーリーを見せた今回の第2話が、作風を認知させるという意味でより重要な回であったと思う。そこで起用されるということは、それだけ信頼されているということなのだろう。今作はセリフがいちいち、けれん味に満ち溢れているが、やはり芝居がかったひとつひとつの仕草がよく劇を引き立てていて、見事だ。


公式サイトのキャスト紹介では「ほか」にひとまとめにされてしまっている沢城みゆきが、今回膨大なセリフ量を担当させられたという点が、今作のあり方を象徴していると思った。端的にいえばキャラが多すぎるのであり、しかもその一人ひとりが主役級の役割と重要性を担っている。「ほか」に括られてしまった中に、思っても見ない大物声優がまだまだ潜んでいる可能性は、高そうだ。とくに戸松遥は一部で「仕事激減」だなんて揶揄されているので、もっともっと出番があって欲しかったりする。神近莉緒ではなくても、何か他の役で出てこないかなぁ。


声優の起用もじつに楽しみになってきた今作。来週が楽しみだ。



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この記事へのコメント

ローリング
2010年01月17日 01:58
面白いですね、デュラララ!
第1話と同じ時間に起こっていた出来事を描いた2話。
神近がさらわれた経緯や、その原因、首なしライダーが現れた理由、宙に舞う自販機・・・第1話でぼやけてた部分がハッキリして、結構重い話にも関わらず、見てて気持ち良かったですw

折原という人物については、まだハッキリ見えてきませんね。今回こんな事をしたのは彼なりに正当な理由があるのか、単なる歪んだ遊びなのか・・・

「世界はそんなにひどくない」
このメッセージが作品全体を通してのテーマなのか、否か。
次回以降も楽しみです♪
おパゲーヌス
2010年01月17日 12:16
>ローリングさん
>「世界はそんなにひどくない」このメッセージが作品全体を通してのテーマなのか、否か

今回のエピソードで、「否」の結論にたどりつく可能性もあるなぁと思って、ちょっと戦慄してました。本当に、どんな作品に仕上げてくるのか、楽しみでなりませんね。

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