バカとテストと召喚獣 第4話「愛とスパイスとお弁当」

不覚にも号泣したっ



・極上の青春ドラマ


今回のエピソードやばすぎだろーーっ!なんですかこの甘酸っぱくも幸せ色に満ち満ちた極上の青春ドラマは。観終わった後の放心っぷりと言ったら、まるでナイト・オブ・ゴールドのバスターランチャーに土手っ腹をぶち抜かれてキノコ雲をあげたような気分です(分かるかー?w)。


アバンで、美波の「バーカ」に激しく心臓を撃ち抜かれたとこから始まった今回。いちおう彼女の当番回ということになるのだろうけれど、第1話のころからもうひとつ可愛さが足らんと思っていた彼女の魅力が、ついに爆発したという印象。なんだ、高山カツヒコは美波派なのか?w


とくに褒めたたえたいのは、Bパート後半の展開。久保が明久を連れて行ってしまうシーンとか、召喚獣のライフが0になって補習になってしまうシーンは、展開としては「ここで終わりだろうなぁ」と思わせるような落とし所。とくに今回はいつも通りなギャグアニメとして描かれていたので、明久が結局食事にありつくことができずに終わるなんて、この作品にぴったりのオチだと思って苦笑いをしていた。そしたらまさかこんなドラマティックなシーンを見せられようとはね。


ここは、ともすると”ぶつ切り”と言われかねない構成が、逆に脚本上の演出として上手く機能していた。さすがというしかない。




・今回の映像演出について


今回のコンテはあおきえい。めりんださんの大好きな人ですなぁ。


Aパートのカメラワークなんか、非常に面白い演出だった。いつもならちゃぶ台を含めて足元まで描写するのがFクラスの教室の映し方なのだけど、今回のAパートでは、カメラを三脚に乗せて位置と高さを固定し、そのカメラが首を振ることで教室内と人物を次々と捉えていくという手法。最初は上半身しか映さない絵に違和感を覚えるが、ドアの開く音を受けてぐるりと回ったカメラが霧島翔子を映し出すことで、なんでもない会話シーンに込められた映像上の遊び心に、思わずニンマリとしてしまう。


結局教室内のシーンは、ほとんどのカットがこの”1台のカメラ”によって撮影されてる風に描かれていて、演出家としてのこだわりを感じる。また、会話の中心となっている人物を画面のど真ん中に据えながら、その脇でごにょごにょ動く他のキャラを描写したりとか、上手いなぁと思う。フィックス萌えの神酒原さんにはどストライクなカメラワークだったんではないでしょうか。


Bパートでも、冒頭の姫路の弁当を食べるシーンではわざとフェンスの手前にカメラを置いていたりしてますね。こういうのはシャフト演出のひとつの特徴でもあるのだけど、あおきえいはシャフトとは別の意図でやっていそう。どうしてカメラの目の前に余計なモノを置いているのか、単なるギャグパートでのこういう演出には、いったいどんな意味があるのだろう。美波が噴水を挟んで明久を見つめるシーンとは違って、ストーリーに密接に関わる演出技法には見えないので、ただの遊び心か。


ところで、雄二が美波のスカートの中身を気にする場面での、黒板の使い方はすごく好きだった。なんの意味も脈絡も無い落書きではなく、ドラマにおいてちゃんと意味をなす落書きになっているのが、気に入ったポイント。そういう点では天使と悪魔の文字セリフも共通しているが、こちらはちと読みづらかったかな。毎回ですがw





・ラストシーンでの、赤と青の混在


前述したとおり号泣モノだったラストシーンだが、ここでは赤色と青色がじつに効果的に使われていた。


いちおうこのシーンは、時間帯は日没時に設定されており、夕焼けの赤が空全体を支配している。それが、日が沈むごとに空がだんだんと赤から青に切り替わっていくという場面で、高い空や記号的な木々に描かれる赤と青のグラデーションが美しい。しかし、たった1カットの切り替えで突然の変化を見せる色調には、自然科学的な合理性は皆無である。あくまでこの赤と青の切り替えは、そのまま美波の心情の変化を表現する演出として描かれている。


美波が弁当の半分を食べながら涙を流すシーンから、すでに画面は赤系の色調に完全に支配されている。それも、屋上から地上へと場面が移ると、夕闇が迫っていることを印象付ける電灯のカットが挿入され、美波の心が陰鬱に沈んでゆくごとに、赤そのものも色濃く、そして薄暗くなってゆく。しかしそこに明久が登場し、遠まわしに言葉を並べて弁当をねだり始めると、美波は固く閉ざした心を開き、その瞬間から突然に画面中に青が出現する、という塩梅だ。





”赤”は感傷の色である。とくに夕焼けは、心の傷を思い出さずにはおかない不思議なチカラがあると思う。一日が終わるというその実感が、人に深い内省を促すのかもしれない。人は死に際して自身の人生を走馬灯のように振りかえると言うが、太陽の死の光景がそれと同じ効果をもたらす、などというのは、たんなる迷信だろうか。


涙しながら食べた半分のお弁当と、明久の手に渡ったもう半分のお弁当。島田美波の想いは、半分だけ、報われることになった。悔しさと安堵、悲しさと喜び、この半分づつの美波の気持ちが、赤と青によって二分された画面の中から痛いほど伝わってくる。


いつか彼女の想いが画面全体を幸せ色に染める時は、果たしてやってくるのだろうか。彼女にはどうか報われて欲しい。つい、そう思ってしまうエピソードでした。




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この記事へのコメント

2010年01月31日 00:07
こんばんわ、おパゲさん!
記事を書いてから見に来たのですが、まさか、自分が紹介されてるとは思いませんでした。
今までブログの方にはあおきえいさんを好きって書いた事無かったからなぁw
遅くなったけど、あおきえいに絞って記事を書いといて良かったw

視点が固定されたカメラは多用されていましたね。
教室のシーンは回るという動きが特徴的で面白かったですが、噴水のシーンも好きですねー。
遠目のカメラと近くのカメラの使い分けが逸脱だと思いました。

上半身しか写さないのは背景を見せたいからという理由があると思ってます。
あと、場合によっては心情を表すのにも効果的かと。
柵を挟んでのカメラは視聴者が部外者であり、傍観者であるということを意識させるためかもしれません。

最後の赤と青の解釈は面白かったです。
そのまま心情を表しているのにはすぐ気づいたのですが、赤が感傷の色とはね。
半分だけ伝わった気持ちと半分だけ渡った弁当とはうまいなぁ。

あおきえいを存分に堪能できた回でした。
ではでは~。
おパゲーヌス
2010年01月31日 12:08
>めりんださん
コメントどうもです。スカイプでは思ったほど話せなかったので、こんどじっくり、あおきえい語りを聞かせてください^^

>柵を挟んでのカメラは視聴者が部外者であり、傍観者であるということを意識させるため

いわゆるシャフト演出ではその意図があると思っています。けれどあおきえいも同じ意図でやったのか、これは分かりませんねぇ。単なるギャグシーンですし。噴水のシーン(遠景・近景ともに)で見せた表現法なんかは、演出が劇に大きな効果をもたらしていて、見事なものがありましたね。

>上半身しか写さないのは背景を見せたいから
うーん、どうでしょう。それほど背景にこだわった作品には見えませんし、表情の描き方ははっきり言って甘いです。それでもわざと上半身ばかり映したり引きで見せたりしたのは、このシーンが1台の固定カメラで撮影されているということを分かりやすく提示するためのものだったと思っています。とくに高さについては、あの位置じゃないとキャラが立ちあがったときに顔が映らないので。

>赤と青
ここはテキトーな解釈ですw ただまぁ、赤と青で対照的な心情を表現するというのはよくあるので、今回はそれぞれの色がどんな意味を持っているのか、これは自由に解釈できますね。

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