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zoom RSS デュラララ!! 第4話「形影相弔」

<<   作成日時 : 2010/01/30 03:12   >>

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カオナシのハナシ。



・カオナシの記憶


全然関係ない話をするようだけど、かつて「千と千尋の神隠し」を観に行った後に、学校で「カオナシって何なの?」という話題になった。そのとき、やれ欲望の象徴だとか、やれなんちゃらのメタファーだとか言っていたときに、ある友人の一人が「カオナシは人間そのものだと思って見ると、納得がいく」という話をして、なるほどと思った経験がある。神様の世界である油屋に、人間(千尋のような人格を持ったキャラクターとしての人間ではなく、人間一般)が紛れ込んだ姿、それが、カオナシなのではないだろうか、という説である。


首なしライダーことセルティ・ストゥルルソンをフィーチャーした今回のエピソードを見て、なぜかこのカオナシのことを思い出した。顔(表情)を持たず、自分の声を持たず、常に何かを求めてさまよう黒ずくめの化物。両者には共通点が多い。


カオナシは自身の欲望を際限なく満たそうと暴れ回ったが、最終的に欲していたモノとは一体何であったか。同じようにセルティは首を求めて走り回るが、彼女は何を求めているのか。両者に共通しているのは、身体的特徴だけではない。ともに自己を空っぽだと認識し、アイデンティティーを探し求めているように見える。だがそれだけでは、首を取り戻した時にどうなるのだろう、という岸谷新羅の疑問に、満足に答えることができない。


形影相弔う(自分以外に人がいない、孤独で訪ねる人のないさま)。それがセルティを象徴する言葉なのだとしたら、カオナシとセルティは案外、同じものを求めてさまよい続けてるのではないだろうか。そんな想像を、巡らせてみた。




・自主制作ビデオ


毎回ナレーターの替わる今作だが、今回は岸谷がビデオを撮影しているという設定で独白を演出。第1話の頃から、このナレーションという手法は視聴者に”傍観者であることを強いる”演出だと思って見ていたが、今回は時折挿入されるビデオ画面の描写が、ことさらそれを強調していた。


ようは、視聴者が画面の外にいることを強く意識する演出技法である。今回はとくに、合計3度(だったはず)挿入された”ビデオの電源を消す”という行為が、なおさら視聴者に、画面を見ているという自身の姿を再認識させるもので、強烈なインパクトがある。画面に没頭しかけたところでまるで冷や水を浴びせられたかのように”TVの前の自分”を意識させられ、現実に引き戻される。そうして画面の中の世界がおとぎ話であることをよりはっきりと実感するのである。


視聴者に徹底して客観視点を要求する作り方をしている今作。あまたの人物の行動や想いが錯綜する展開を、この演出が巧みに盛りたて、一層の魅力を獲得していると思う。次回はどんな人物がどんな生き様を見せてくれるのか、期待が膨らんでくる。




次回予告によると、私が折原と並んでとくに注目している道化・紀田正臣が活躍してくれそうな予感。同時に園原杏里の出番もありそうで、じつに面白そうだ。



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