ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド 第9話「ロストボーイ」

少年の旅立ちは、決意の想い



・ヒステリカ編完結 勝利と敗北


今回は、ヒステリカの率いるテロリストとの対決と、東雲ななみの妄執にスポットを当てた、ヴァンパイアの宿命としての”永遠”をテーマに描くストーリーの完結編。


まずヒステリカとの対決だが、こちらも一応はヴェラとの因縁に絡めて”永遠”に触れてはいるものの、あくまでサイドストーリーであって、メインはアクションを追求した作劇。戦局があっちこっちへ行き来する展開に多少の強引さや都合の良さを感じはしたが、思った以上にリアリティに満ちた対テロ戦を描けていて感心した。


ミナ姫とヒステリカがお互いに、「ふっ・・・私の勝ちだ」みたいなことを主張し合うというのは、ちょっと陳腐で笑ってしまったけれど、分かりやすいというのは確かだ。用意周到に罠を張り巡らせるミナ姫の戦術はいかにも国家機関らしい大仰なもので、それを、小規模のテロ集団であるヒステリカが、その場のひらめきと根性で打開しようという構図は燃える。最後にミナ姫が変身した時点で、もはや事前に用意した策略ではなく両雄が同じ土俵に立ったのかと思わせておいて、結局のところはすべてミナ姫の手の上で踊っていただけのヒステリカは、ちょっと哀れだ。




一方で東雲ななみを中心とした、ヴァンパイアの悲哀を描くドラマは、非常に良くできていたと思う。最後にななみが救われた(・・・のか?w)展開にはうるっと来たし、それがミナ姫の勝利なら、一方で友を救えなかったアキラの敗北もある。主人公側の絶対正義や絶対勝利を打ち出すのではなく、清濁併せ飲んだ硬質のドラマを見せてくれている。




・吸血鬼は、想いで生きる


永遠とは何か。死すべきもの(=人間)である我々には、どんなに想像をたくましくしても、決して理解することのできない概念だと思う。現代においては、永遠に生きることの夢や希望よりも、むしろ苦痛と絶望が強調される風潮にあるが、それが本当に正しいのか、それは誰にも分からない。アニメ「バッカーノ!」において、能天気に永遠の生命を讃嘆して見せたのは、そんな風潮に対する痛烈な皮肉だったのかもしれない。


今作においても、永遠の生命という言葉は、決して良い響きを持っていない。だからこそ、愛しい人への妄執、想いというものが、強調されている。というか、それくらいしかすがれるモノが、この世には存在しないのだろう。ひとつでもすがれるモノがあることを良しとするか、それしか無いということを悲しいと取るか。それは、個々人に委ねられている認識の違いだ。


ヴェラトゥースは、一見気丈に振舞っているが、この美しい女性がどのようにして吸血鬼の道へと進んだのか、想像に難くはない。きっと、様々な苦痛や後悔を背負いながら、それでも「これで良かったのだ」と自分に言い聞かせながら、懸命に自身を保ってきたに違いない。それが出来たか出来なかったかが、ヴェラとヒステリカの、ちょっとした差異であったのだろうか?


今回のエピソードは、吸血鬼伝説の新たな一幕として、ひとつの愛と、決意と、離別を描いた物語であったのだろう。ヴェラトゥースの、決意と同時に深い悲しみを讃えた瞳は、我々に深い感慨を引き起こさずにはいられない。そして、東雲ななみにその血を差し出したユヅル少年は、まさにこの瞳を湛えてはいなかったか。


永遠の生命を持つイキモノは、想いにすがって生きるものなのか、それとも、想いにすがってしか生きられないのか。我々は、ただ想像を逞しくするしかない。




----


次回もまた物語が大きく動くようで、そろそろ1クールの締めくくりに入っていくのかもしれない。婚約者が云々と、不穏なセリフを口にしていた男が、ミナ姫とアキラの関係にどんな変化をもたらすのだろう。


それから、相変わらず敵か味方か分からない美刃の暗躍も、気になるところ。姫さんは美刃の存在を認識できているのだろうか? このあたりにも、注目しておきたい。


それでは、今回は以上です。


にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ
にほんブログ村
↑ランキングに参加中です。拍手の代わりですので、読んで良かったとちょっとでも思ったら、クリックしてもらえるとやる気でます^^


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック