とある科学の超電磁砲 第24話(最終回)「Dear My Friends」

最高だった。あぁ、最高だったさ!!!




・最終回の感想


もう、たった30分弱の間にどこまでやるのか心配になってくるくらい、ものすごい最終回だった。最終回だから作画がいいのはもちろんなのだけど、アクションでばりばり動かすだけでなく心を強く揺さぶる人情描写も素晴らしい長井監督のコンテ・演出。また目まぐるしいくらいの怒涛の展開の中で、それでも各キャラの見せ場と口上でガツンと決めてくる脚本。


まさに全力全開で挑もうという熱意というか意気込みがビシビシと伝わってきて、細かい点を見逃すまいとするコチラの意図を力技でねじ伏せられるように、ぐいぐいと画面に見入ってしまった。アニメで放心したのって、久しぶりだぞw 


こんなにいい作品を見せてくれて、心から感謝をささげたいと思える最終回でした。お見事!




・美琴について


自身の失敗や過ちを悔やむのは誰にでもあることだが、美琴の場合はそれが、チャイルドエラー全員の無事と、木山春生の努力や想いを、すべて踏みにじる結果に結びついてしまったのだから頂けない。その後悔たるや想像を絶するものがあることは、前回も描かれていたが、今回もすごく伝わってきて、胸が痛かった。


だからこそ、自分の失敗を自分一人で背負おうとして前回は佐天さんにたしなめられたわけだが、それでも主人公である美琴が、その小さな両肩に背負うものは大きい。これは作劇上の問題でもあるが、やっぱり最後は彼女のレールガンで、ケリをつけることになったし、そうならなければならなかった。


ただし、今回美琴がレールガンに乗せた想いが、彼女一人の責任だけではないことは、まぁみんな分かってるだろーけど、よく注目しておかなければならない。


前回佐天さんに怒られて気付いた、友情の大切さ。それは、ただ一緒にいることが楽しいだけの友達、という段階を越えて、才能のいかんに関わらず(←ココ重要)精神的物理的に支え合い、共に生きること、それが、本当の友情であり、人間と人間の付き合いであるということだ。


今回決め技として放ったレールガンは、御坂美琴の双肩に託された、友の、仲間の、助けたい人々の、そしてなにより、学園都市に生きるすべての愛すべき人々の、想いのカタマリであった。それも、誰かを助けたいという一方通行の想いではなく、お互いがお互いに支え合いたいという双方向の想いの結晶。だからこそ、理論上はそれを上回る威力をもったテレスティーナの砲撃を、打ち破ることができたのだろう。


勧善懲悪だとか、活劇としての痛快さだとか、そんな単純性だけでは説明しきれないたくさんの要素が、美琴の奮闘の中に込められていた。ただカッコイイ描写だけでは、こんなにも「美琴がんばれ!」と叫びたくは、ならなかったはずだ。




・木山せんせいについて


木山春生という人は、美琴に似てるなぁと思う。大切な人を助けたいと思った時に、なまじ才能を持っているから、自分がなんとかするのだといきり立ってしまう。そんな善意ある暴走が、どれだけ空回りして他者を傷つけるかなんて、考えもしない。そうして上手くいけばいいのだが、ひとたび失敗すると、余計に責任感を抱え込んで頑張ってしまう。そんな悪循環体質を、美琴も木山も持っている。


ポルターガイスト編において、木山はその一生懸命さゆえの空回りを見せることで、知らずのうちに美琴の良い反面教師になっていたのではないかな。木山自身の空回りを見た美琴は、やはり同じような空回りを自分が体験することで、言葉では語りつくせない様々なものを、学んだと思う。


今回、美琴が、自分自身も生命の危機に直面するような大立ち回りを演じながら、それでも何度も何度も、木山に声をかけ、励まし勇気づけるシーンがあったのは、すごく印象的だった。あぁ、美琴は自分が佐天さんたちに教えられたことを、こんどは木山に教えてあげようとしているのだなぁ、と。


その美琴の声に励まされて、木山は”せんせい”として、何か思うところがあったのだろうか。子どもたちを見捨てられない理由を「教師だから」としていたが、犯罪に手を染めてまで子どもを救おうとしていた時の彼女なら、とてもそんなことは言えなかっただろう。


ひとまずはやっと、頑張りが報われたカタチとなった木山せんせい。彼女が、科学者としてではなく教師として、否、一人の人間として、人と人との関わりを全力で学ぶことになるのは、まだ描かれない物語に、書いてあるのだろう。病室に届けられた子ども達からのメッセージは、そのプロローグに過ぎない・・・。




・佐天さんについて


無能力者の彼女は、第1話からずっと、能力の無いことに対するコンプレックスを抱えたままだった。レベルアッパー事件を通して学んだのは、あくまで努力しつづけることの大切さであって、才能がないという事実はまったく変わっていない。それ以降彼女は、美琴を中心とした4人組の中で、仲良く遊ぶ時には活躍するけれど、そうでないときはわりと口を引っ込めていた印象が強い。どうせ無能力者なんだからといって、道化役に徹していたと、言えるのではないだろうか。


そんな佐天さんが、それでもやはり、能力に捉われない視点から支え合うことの大切さを身をもって分かったのは、じつは黒子と初春が喧嘩してからではないか。人はそれぞれがそれぞれの為すべきこと、為さねばならないことを抱えている。それに取り組むという姿勢において、すべての人は平等だ。初春には初春の、黒子には黒子のやれること、やりたいこと、やらなければならないことがあった。そこに能力の有無は関係ない。


前回佐天さんは、初春に対して声を荒げた。「いい加減にしろ」と。それは、やるべきこと、やらなければならないことを見えている黒子に対して、初春があまりにも盲目的だったからだ。初春は、やりたいことは分かっていても、やるべきことの分別がついていなかった。佐天さんが怒りをあらわにしたのは、喧嘩しているという事態よりも、その初春の姿勢に対してであったことは明白だ。


何度も言うように、一人でやろうとしても何も出来ないのが人間である。佐天さんはここにきて、人と人がお互いに支え合うことの大切さを、理屈ではなく直感的に理解したのではないだろうか。そしてそんな中、美琴が一人で突っ走ろうとした。それをきっかけとして、佐天さんは、友達であること、仲間であることの意味を、三人に教え諭す機会を得たのだ。役立たずだと思っていた自分にも、ちゃんと役割があった。そう気付いた時の佐天さんは内心、コンプレックスをすべて吹き飛ばす会心の笑みを、浮かべていたのだろうと思う。


無能力者だからこそ真っ先に気付けた、支え合うことの大切さ。彼女はそれを言葉で表現するだけでなく、まさに自分の行動で体現して見せた。高能力者とハイテク兵器がぶつかり合う恐ろしい戦場で、まったく物怖じせずに走り回る無能力者・佐天涙子の、なんと凛々しく頼もしいことか!




それにしても、バットでコンピューターをぶち破ったときの痛快さといったら無かった! あれだけの破壊を一撃で実現するのに、いったいどれほどのパワーが必要か。考えるだにものすごい怪力を、あのときの佐天さんは発揮していたわけだ。


アニメならではの非現実的描写だと指摘することもできよう。しかし、キャパシティダウンを停止させるだけの強力な一撃を見舞った佐天さんの想いを汲みとれば、あの火事場の馬鹿力を引きだした友情パワーたるや、見事というほかない。無能力者の面目、ここに極まれり!




・婚后さんについて


面目躍如といったらこの人も忘れてはならないね。さんざんネタキャラって馬鹿にされてきたけど、滅茶苦茶カッコよかった!!!


黒子はなんか美琴にベッタリだけどさぁー、もう婚后さんとペア組んだらいいと思うよ。学園都市版ダーティ・ペアとして、学園中に名を馳せること間違いない。このデコボコペアなら、外伝の外伝として、ダブルヒロイン昇格&作品化も夢ではないと思うなぁ。もっとコメディ路線で、1クールでいいからアニメ化したりとかさw 


いや、こんなことならもっとこの娘の活躍を見たくなってきた。もちろんこの作品においては、その見せ場が最終回まで無かったからこそこれだけ輝いたキャラだというのは間違いないので、今までの話数で出番が欲しいということではなく、今後の話数でぜひ主役級の活躍を、して欲しい。レールガン2期でも禁書2期でもいいから、お願いします!w




・テレスティーナについて、および今作のテーマについて


前回の豹変を受けて、小物とか言われたり、他のアニメのキャラに似てるとか揶揄されて、なんだかすごく不憫に見えてしまったラスボスだった。全然、小物じゃないと思う。


彼女がどういう気持ちで今回の事件を引き起こしていたかというのは、今回、ちゃんと描かれることになった。学園都市を実験場、生徒たちをモルモットと呼ぶ彼女の心には、ずっと、自分自身がモルモットにされたことへの悲しさと悔しさが根付いていたというのを、美琴が見事に喝破してくれた。おかげで、敵としてすごく魅力的になったと思います。とにかく暴れまわって人間に被害を及ぼすのだけど、その根底には自身の不幸を呪い、人間の命さえも弄ぶ科学に対する怨念が渦巻いている、悲哀に満ちた敵であった。まるでジャミラみたいだ。


テレスティーナという女の悲哀は、自分が苦しめられた科学に、自分自身が傾倒してしまったという点に集約されているだろう。劇中の描写からは、彼女が祖父を愛し信頼しており、それがまんまと裏切られたカタチとなっていたのが分かる。その構図はまさに木山春生と枝先絆里たちの関係そのもので、しかし枝先と異なっていたのは、心から自分を救おうとしてくれた人物を、見出すことが出来なかったという点にある。ことさらに美琴たちを馬鹿にするのも、ひどい悪態をつくのも、すべて、正義の味方だとか社会だとかが自分を救ってくれなかったことに対する、恨みであり、妬みだ。


そしてその姿はそのまま、支え合う友や仲間を持つこと無く、すべて自分の意志と才能によって解決できると信じた人間の、哀れな末路であった。この点にこそ、美琴たちとテレスティーナとの最も重要な対比が、描かれている。テレスティーナは、ただ分かりやすい悪を体現していたのではない。その信条や行動原理を、美琴たちの姿(=視聴者へのメッセージ)と対比させて際立たせる、重要なアンチテーゼであったのだ。




美琴たちの描写からメッセージ性を直接汲み取ることが難しくても、テレスティーナを見れば、その対極に何が位置しているかを感じ取ることは容易であろう。人間の命をもてあそび、学園に生きる人々の想いや希望や居場所を無価値なものだと蔑み、正義の味方を気取る美琴たちを言葉と暴力で否定してかかり、仲間をも使えないゴミだと罵る。


そんなテレスティーナに真っ向からぶつかり、全力でこれを否定して見せた御坂美琴とその仲間たちの姿。我々視聴者に、これほど痛快かつ真摯にメッセージを打ち出してくれたことに対して、私としては声を大にして、称賛の言葉を贈りたい。エンターテイメントの極致であり、一本しっかりと筋の通った、近年稀に見る見事なストーリー構成であった。




・総括的なもの


うーん、なんか勢いにまかせてたくさん書いてしまったが、ようは何が言いたいのかと問われれば、↑の最後の段落じゃ、ということです^^


とにかくめちゃくちゃ面白くて、アニメーションの質も素晴らしかったし、愛すべきキャラばかりで、最高の半年間だったと思います。中盤ちょっと不満っぽいことも書いたけど、まぁあれくらいは全然許容範囲だし、むしろだからこそ、最終回がこれだけ楽しめたと、言えなくはない。


もちろん、疑問点が残されていることは、無きにしも非ずですが。テレスティーナのチョコの色当てとか、結局なんだったんだろう(キャラ付け以上の意味があったように見えた)とかね。それにこれだけの経験をしておいて、なおも禁書のほうでレベル6を追い求める科学の暴走に付き合わされた美琴は、いったい何をやっているのかとか。そのあたりは、原作に手を出さない私としては、空想を楽しみながら次のアニメ化企画を待つしかない。気長に待つことにします。


ともあれ、このような良作に出会えたことの幸福と、それを(わざわざこんな辺鄙なブログまで足を運んでくださる奇特な)読者のみなさまと共有できた喜びを、いちアニメファンとして、また いちアニメブロガーとして、ずっと心にとどめておきたいと思います。お付き合いくださり、どうもありがとうございました。



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この記事へのコメント

2010年03月22日 02:22
>それにこれだけの経験をしておいて、なおも禁書のほうでレベル6を追い求める科学の暴走に付き合わされた美琴は、いったい何をやっているのかとか。

細かいことを言って申し訳ありません。御坂妹のことを指しているのでしたら、そもそもクローン用の細胞を取られたのはポルターガイスト事件よりもはるか以前だと思いますよ。
御坂妹VSアクセラレーターの実験については、美琴の関わり方はそれを妨害する立場だと思います。(録画DVDを引っ張り出してみました)
おパゲーヌス
2010年03月22日 14:03
>はるるさん
あぁ、そういうコトになるのでしょうか。インデックスはけっこう流し見していたので、記憶が曖昧です^^ まぁこのあたりの設定は突っ込もうと思ったらいろいろと齟齬が出てきそうに見えはしますが、原作未読者としてはあまり口を出さないでおきます。

2010年03月22日 23:58
私も原作は最初のほうしか読んでいません(アニメ化された海に行くエピソードくらいまで)し、実はアニメも内容もよく憶えていません。ただ、御坂妹の話はわりと記憶に残っているんですよね。それだけ学園都市そのものに怒りを簿得ていたのだと思います。
おパゲーヌス
2010年03月23日 00:42
>はるるさん
なるほどー。あぁ、惰性で見てた当時の自分が恥ずかしいですw

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