荒川アンダー ザ ブリッジ 第11話「11 BRIDGE」

いざ、尋常に勝負!




・リクは男を見せれるか


今回はリクがいよいよ父親と対決しようと決意し、荒川の住人(なかんずく。ニノ)の希望を一身に背負って、文字通り一世一代の大勝負に挑む話。時にカッコよく、時に見栄っ張りに、そして時に情けなさを見せながら奮闘する主人公の姿が、大きな感動を呼び起こすエピソードだった。横山克の楽曲が、じつにすばらしい!


人が出生から成長してゆく過程と、人類が外の世界へ飛び立ってゆく冒険とを重ね合わせて語られた今回のアバンは、いつぞやも同じような論点で語られた回があったと思うのだけど、非常に感慨深く、また示唆に富んでいる。最終話まで終わったら、アバンだけ抽出して見直してみるのも面白いかもしれない。


特に、地球と飛び出すという人類最大の冒険と、親元を巣立って人生を共にする伴侶の元へ飛び立とうという男子の生き様とを、見事にオーバーラップさせて描き出した点には深い感銘を受けた。

鳥は、卵の中から抜け出ようと戦う。卵は世界だ。生まれようと欲するものは、一つの世界を破壊しなければならない。(ヘッセ『デミアン』)


いまだに父を恐れ、父の思想に雁字搦めになっているリクは、いつまで経っても孵化を見ない雛鳥だ。だがその雛鳥は荒川の下でようやく、その殻を破り、外の世界へ飛び立とうと戦っている。彼を閉じ込め縛りつける世界はあまりにも大きく堅いが、これを破壊した時にはじめて、彼の人生はその第一歩を記すことになるはずである。リクルートという一人の男の一人立つ生き様を、しかとこの目に焼き付けようではないか。




・名前にまつわる考察


思えば名付けるという行為は、相手に生命を与えると同時に、相手の生き方を縛るものである。『ゲド戦記』を持ち出すまでも無く、名前には常にそうした呪術的な要素が付きまとっている。


我らが主人公が父から与えられた名は「行」であった。その名(および彼の苗字である「市ノ宮」)は、あたかも父によってその生き様を宿命づける呪いのようなものであろう。それに対して彼が荒川で最初に手にしたものは、家でも仕事でもなく「リクルート」という名前であったのは、まさに宿命的だ。彼は新たな名を付けられることによって、新たな生き方を選ぶ道が拓けたと言える。


「リクルート」の名前の由来は何だったか。「行」という名前が、父が息子にどうあって欲しいかを象徴する言葉であるのとは対照的に、村長は何の深い意味も意図もなく、極めて無責任な思いつきで「リクルート」と名付けたわけだ。しかし”名付け”が呪術的な行為であることを考えたとき、あのフザけた河童の着ぐるみ野郎が何の意図も無しに名付けた名前には、だからこそ何の縛りも期待も無い自由な名前であって、完全に当人の意思にその生き方を委ねさせたものであったことが分かる。


リクには最初から、自分の意思にのみ従って自由に生きることを、村長は教えてくれていた。役に立ちそうでまったく役に立たなかったこの男がどうして村長たり得るか、その理由はまさに彼こそが、荒川の住人たちが理想とする自由な生き方を、言葉でも行動でも体現しているからだろう。村長が実際そこまで考えているかは別として、そんな大切なことを住人たちに自覚させることができるのは、やはり彼しかいない。そして彼に名前を付けられた時点から、住人たちはそれを少しづつ学んでいくのだろう。


もちろんこの作品は、リクがそうしたことを学んでいく過程を描いているわけだが、リクの視点を通じて我々視聴者も、それを学んでいるのだ。それを自分自身の生き方にどう反映させるかは、あとは各自の判断に委ねられている。




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次回、そろそろ最終回なのでしょうか。それとももう1週残ってる? どちらにせよ寂しいぞー!


それでは、今回は以上です。



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この記事へのコメント

kako
2010年06月14日 10:05
おはようございます!
初コメント、よろしくお願いします!

名前というと、リクの父である積のことについても述べてもらいたいですね。
他のブロガーの皆さんの荒川感想をも見ましたが、このブログも見てみるとリクよりも積の方があんまり自分の名前が覚えられていないそうです。
積は自分の名前をより多くの人に知ってもらう努力をするべきかと思います。
どんなに権力のある人でも名前を知ってもらわないとただの名無しの権兵衛ですからね。

それでは!
おパゲーヌス
2010年06月14日 19:06
>kakoさん
コメントどうもありがとうございます。

リクのお父さんですが、そもそも脇役すぎて、作中でもまともに名前呼ばれることは無いですし、社会的にも苗字のほうに存在感を持たせている家系だと思うので、下の名前が覚えられてないのはまぁ当然ですね。彼の名前にどんな意味や意図が付与されているのか、現時点では私にはよく分かりません。

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