オオカミさんと七人の仲間たち 第4話&第5話

第4話「おおかみさんとおつう先輩の恩返し」&第5話「おおかみさん桃ちゃん先輩と鬼退治に行く」 2話分まとめて。リクエストがあったので別個に記事を立てようと思っていたら、それにお応えするまでもなく第5話が始まっちゃった。申し訳なかとです。




・第4話感想


高速で飛来する物体に、まったく別の角度から発射した物体を激突させるというのは、まともに計算してやろうとすると怖ろしく面倒なことになりそうで、それを感覚でやってのけた亮士くんはまさに狩人としての素質が十分。また、おつう先輩がそれに恩を感じて大袈裟なまでの恩返しをしようとするのも、感情としては良く分かるし、ラブコメシチュエーションとしても実においしいエピソード。ただあまり亮士くんと大神さんの関係にスポットを当てるのではなく、おつうさんが仲間のありがたみを痛感する感動的な物語に仕上げてあった。


なかなかに泣かせる回で、現代のおとぎ話として確立され綺麗にまとまっているエピソードだと思った。見てくれも中身も非の打ちどころの無いキャラクターであるこのメイドさんをメインに据えてドラマを作る場合、とくに彼女のキャラ萌えではなく成長ドラマに仕立て上げようとするなら、けなげにも必死に努力するその姿勢を障害として活用するのはありきたりではある。けれどこの作品は大団円に持っていくときに御伽銀行の面々を総出演させるので、今回のテーマである仲間との友情を描くのには、これ以上無いくらいにぴったりな作劇。無私であろうとするおつう先輩に、ほんのちょっとでも私事に生きることの素敵さを実感させる今回のエピソードは、これまでで最も”お伽話”らしい読後感を与えてくれた。




ただ、せっかく用意した設定が活かしきれていない部分が散見されて、ちょっともったいないなぁと思わせる回でもあった。大神さんが恋愛小説の愛読者であるということ、その著者が亮士くんのよく知る人物だったということ、おつう先輩が亮士くんと添い寝までしちゃってるということ、などなど。せっかく面白そうなネタを振りまいておいて、それらをほとんど活用しきれないまま終わってしまった。


とくに大神さんの描写。彼女の隠し事を林檎ちゃんが暴き立てるのは、林檎ちゃんのキャラ立てには大いに貢献していたし大変面白かったのだけど、Aパート序盤でこう赤裸々に暴かれては作劇上の面白味がまったくない。あるいはおつう先輩と亮士くんがイヤラシイ関係になりそうになったところ(添い寝とか、風呂場での着替えとか)でも、大神さんはちょっと不満そうに妬いて見せるだけで、男女の関係についてウブであるに違いない彼女の言動としては、ラブコメ的にあまりにも物足りない。まぁ、ここでドタバタのコメディ劇をやる尺は無いということで、大神さんよりもおつう先輩のキャラクター描写を優先したという判断だが、尺が限られていればこそおつうさんよりも大神さんの言動を強調する作劇をすべきではないのかな、などと、アニメからの視聴者としては思ってしまう。




今回、消化されたのだかされてないのだか分からない中途半端な描写のされかたをしたネタや設定は、今後の展開でうまく活かしてくれるとありがたい。とくに小説家のおばさん(失礼、まだ20代でしたかねw)は大変魅力的なキャラクターで、また出番がありそうだと期待したい。どうせならみんなで亮士くんのところへ上がり込む展開をまた描いて欲しいなぁ。狭い所に云々と言われていたけれど、あの部屋なら余裕でしょう。


理想を言えば今回も、部屋はもっと狭く(そして天井を低く)描いて、隣り合う人の肌とか香りとかが触れ合うほど密着させて肉体感と生活感をがっつり描いて欲しかったのだけど、まぁしょうがない。このリアリティの無さはアニメーションとしては欠点として指摘さるべき要素とも思えるが、しかし黒子ナレーションや恣意的なネーミング等とともどもに、視聴者を劇の外に置き去りにする(※異化する)効果を発揮することで、今作のエンターテイメントとしての独自性を確立しようとしているとも言える。その独自性が本当にエンターテイメントであるか否かは議論の余地が大いにあるが、少なくとも制作者は、今作のドラマをあくまで対岸の出来事として、ライトでポップな娯楽として提供しようとしている。今作が「おとぎ話」たる所以だ。




・第5話感想


きびだんごを揺らす効果音ばかりが印象に焼き付いてしまいそうなアクションシーンが描かれた第5話は、ようやくドラマの中心軸となりそうな構図を提示してくれていて、今後の展開に期待がかかる。


第4話もそうだったのだが、一見するとしごくのん気で楽しげな御伽銀行の面々だが、ちょっと内面を覗き見ればそこにはドキリとさせられる暗部が横たわっている。今回で言えば、もちろん大神さんの過去のエピソードがまさにそれなのだが、頭取の語っていた御伽学園の存在意義に関する冷徹な現実主義的言及も、画面の中の非現実をへらへらと楽しもうとする者に冷や水を浴びせかけるようなセリフにびっくりさせられる。


視聴者が劇中へ感情移入しすぎるのを強烈に拒むようなナレーションの存在意義が、なるほどそういうことかな、と少し見えてきた気がする。今作はその見てくれの愉快さからはかなりかけ離れたシリアス要素を多分に孕んでいて、ともすればその重く陰鬱な裏面世界に見る者が心を奪われてしまい、表であるライトでポップな側面を忘れてしまいかねない危険性がある。だからこそ、劇中の重要そうなセリフにかぶせてまでナレーションを挿入し、視聴者をあくまで蚊帳の外に置くことで、シリアスな側面にあまり気を取られないままに楽しげなキャラクターの日常を描き出そうとしているのかもしれない。


そう考えると、今作の目指すところがより明確に見えてくるように思う。少なくともアニメにおいては、原作が元来抱えているシリアスな側面を描かなければならないという制約を甘受したうえで、それでもあくまでライトに、肩肘張らずに楽しめるエンターテイメント作品に仕上げようという姿勢なのだろう。いまだに記憶に新しい「とらドラ!」などは、尺に余裕があったこともあって、ドラマの根底にあるシリアスな要素に真っ向から取り組んで見せた作品であったと思うが、今作はそうした正統派な作劇を避けようという判断で、これはこれで戦略として大いに納得できる。


しかし注意深いバランス感覚が要求される手法だろうなぁ。今回はまぁ乳とアクションがしっかり描かれていればいいエピソードだったが、これを下敷きにして、こんどは羊飼会長とガチで勝負する展開が近々やってくるはずで、そうなればヒロインの抱えるトラウマにぐっと踏み込まざるを得ない。そこにおいて、ナレーションを利用して客観描写に終始するこの姿勢が、どう奏功するか。ある種の冒険だと思うので、スタッフの意図とその効果をじっくりと見守っていきたい。


・・・本当はもっとキャラ萌えだけの作品になると思ってたんだけどw いや、ドラマティックなのは良いことです。



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それでは、今回は以上です。


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この記事へのコメント

2010年07月29日 20:43
こんばんわ。

コミカルな御伽噺風と見せて、意外にシビアな背景が見えてきましたね。
原作では地の文のキャラげのツッコミ部分をナレーションにしなってるでしょうから。
アニメでナレを多用するのは上手い手だったかもしれませんね!
おパゲーヌス
2010年07月30日 01:10
>SERAさん
コメントどうもありがとうございます!

原作は読んでないですが、少なくともアニメだけ見てる分には、ナレーションのここまでの多用はさすがに違和感を覚えます。でもそれを「おかしい」というのは簡単ですが、制作者が選択した手法であるので、その意図を少しでも探ってみたいとは思いますね。うまい手だったかどうかは、もう少し見てから判断しますww

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