学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD 第7話

もはや違うアニメの領域^^ でもそれが作戦だったり。



・快感と、それ以上の違和感


今回は、男子の野望と妄想とを徹底して演出してみせようというエピソード。リアルな状況描写を売りにしていた第1話当時のイメージを根底から覆すような、極めて漫画・アニメ的な空想的なヒーロー像の前に、体の芯から燃えあがる魂の波動体験しながらも、同時に大きな違和感を覚えざるを得ない、そんな回だった。


いや、もうとにかくカッコよくてたまらなかったのは、これは紛れもない事実なのだ。いたいけな少女が絶望の淵に追いやられる姿を黙って見ているしかないなんて、とても耐えられない。そんなヒーローへの愚かしい憧憬を焚きつけられてからの、平野コータの第一射。これがどんなに痛快だったことか! むろんその後の小室孝の縦横無尽の活躍、緊迫した中にも笑いとエロを盛り込む純エンターテイメント流の作劇、生と死のギリギリのラインを綱渡りする緊張感と、すべてを豪快に解決してしまう怒涛の合流劇。あまりにも見事な活劇の前に、脳髄がぐわーんと痺れるような、呆けたような感動を味わっていた。


だからこそ、ここ何話かのストーリー展開には大きな違和感がある。何度も繰り返し語られ描かれる”世界の終焉”と、主人公たちのあまりに現実離れした輝かしい活躍とが、まったく噛み合っていないのだ。もし本当にゾンビが出現したら、ということを思わず考えさせられる、生々しいドラマを描いていたシリーズ序盤の展開からすると、今のドラマは方向性としてはあまりに陳腐だ。それはそれで、観客を楽しませるだけの作品であるならまったく問題はないのだけれど、シリーズ序盤に視聴者が予想することとなった作品の方向性から乖離しているというだけでは無く、実際に現在進行中の劇の中にあってさえ、二つの交わらない側面が同居している歪(いびつ)さがある。


今回も、Cパートにおける孝の独白において、あまりに出来すぎなカッコよさでまとめられた本編とは水と油のようなイメージが提示されている。たしかに彼らはたった一日を乗り越えたのに過ぎないのであり、これからひどく辛い状況に追い込まれる機会が何度もあろう。だがそう予感しているわりには、実際に我々の目に映る主人公たちの様子は、あまりにも楽しそうだ。平野コータだけではない。孝や毒島先輩でさえ、カッコいい自分の姿に酔っている。そしてそんな陶酔に値するだけの活躍を、現に彼らは体現しているわけだ。こんな状態で、それでもまだ絶望を感じていることをちらつかせられても、あまり共感性は得られない。だって、視聴者である私はこんなにも興奮しているのだから・・・。




・作り手の意図は


この違和感はしかし、作り手の意図的なミスリードであるのだろう。今はいい活躍をして調子に乗っているけど、後半の展開ではどうなるか分からないぞ、というのは容易に想像できることだ。恐らく今のヒロイックな活劇やコミカルな演出は、ほんの束の間の休息であり、これから迫りくる本当の地獄絵図の前振りに過ぎないのであろう。


またここ数話のエピソードは、彼ら6人(もしくは7人と一匹)がお互いに「大事な友達」だと認識し合い、なおかつ彼ら自身が自分たちのことを「私たちは、まだ人間だ」と自覚するためのものでもあるだろう。そしてその意図は、これ以上ないカタチで達成されている。いつの間にか彼らは旧知の親友であるかのように振舞っているし、信頼の絆で固く結ばれ、しかも人間的な倫理観のもとに危険を顧みず行動する勇気を持っていることを理解している。それは我々視聴者の目にもしっかり焼き付いているところだ。


つまり、土台はほぼ出来上がりつつある。ドラマを大きく動かすとしたら、そろそろだ。次回そのタイミングが訪れるかどうかはまだ分からないが、恐らく川を渡った後くらいに、人間性と希望をどこまで保っていられるかを根本から試される状況に陥ることになるのではないだろうか。


もしこの予測が正しいなら、今作の本領を見極めるのはその段階だ。ここまで煽ってくれたのだから、ぜひとも視聴者の期待を大きく上回るものを見せて欲しい。今後の盛り上がりに期待したい。




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それでは、今回は以上です。


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