百花繚乱 サムライガールズ 第3話「剣姫(マスターサムライ)の正体」

しっかりとドラマがあって一安心。




・十兵衛の正体とは


今回はサブタイトルどおり、何もかもが謎だらけの柳生十兵衛の正体に迫ろうとするエピソード。とはいえまだまだ序盤であるから、結局その正体は謎のままに終わるのであるが、しかしどうやらマスターサムライとしての彼女の”将”が宗朗であること、二重人格にも見える彼女が覚醒した後の姿も決してただのモンスターではなく、サムライとしての矜持をむしろ強く意識しているらしいことなどが明らかになった。


十兵衛は可愛い。これは文句無くそうなのだ。食事のシーンで、心の底から嬉しそうに卓上の椀を次々と片付けて行く様子は、アニメーションの表現そのものが個人的にものすごくツボだったこともあって、十兵衛の可愛さを強く印象付けられた場面だった。この有無を言わさぬ可愛さを持つ十兵衛が、その可愛さの裏にどんな怖ろしさや暴虐性を備えているのだろうか、その不安感を真正面から描いていったのが、今回のエピソードであったと言えるだろう。そしてその不安は、十兵衛を見守る主人公たちだけではなく、十兵衛自身が抱え込んでいる要素でもある。


その事実を鬱屈とした空気感の中で描きあげておいてからの、十兵衛の覚醒した姿がいざ描かれた時の緊迫感はすさまじいものがあったが、しかしマスターサムライの清々しいまでの精神性をぐっと照らし出すことで、十兵衛という少女の今後にも、また大日本の未来についても、一筋の希望の光が差し込む幕引きとなった。




今回はとくに、「十兵衛の正体は○○である」というカタチで何度もミスリードを誘っていたのが印象的。十兵衛がマスターサムライだと確定したのは前回のエピソードだったが、実は十兵衛は犬だったのです、とか、十兵衛こそが大日本を覆う黒い影の正体だ、とか。で、彼女のことを魔物扱いまでしておいて、その全てが的外れな見解だったという今回のストーリー展開は、興味深かった。否定の上に否定を重ねて正答を導いて行くだなんて、まるで仏教経典のようなレトリックだが、そうして突き付けられる、「では十兵衛はいったい何者なのか?」という疑問を効果的に印象付ける、巧いやり方だったなぁ。


それにしても、どーも自分は、まだこの作品の様々な設定を飲み込めてない部分があって戸惑ってしまう。けっきょく生徒会長は徳川将軍ではなく、その筆頭候補だという話なのね。この学園組織が、どういう目的でどのような形態をとっている教育機関なのか、なんだかさっぱり頭に入っていない。作画演出やキャラにばかり注目して、ストーリーを軽視していた証拠だw 思っていたよりもずっと濃密なドラマを用意してくれているようなので、今後はもっとストーリーにも目を向けて視聴しておこうと思った。





・「サムライ」に象徴される人間論の描き方


第1話から描かれてきた、サムライであるという意識や思想。これが今作を貫く一本の軸であることは誰の目にも明らかであろうが、その描き方、語り方がじつにカッコよくて惚れ惚れする。


とにかく今作の徹底して描きだす虚構的な舞台空間が、現代においてはなかなか理解しにくい武士魂を表現するのにぴったりなのだ。我々にとって、真実の忠義とは何か、武士(=文字通り、戦う人という意味で)の生き方とはいったいどういうものか、そんなテーマを描かれたって共感できようハズがない。だからこそ今作は、恣意的に簡略化・記号化された舞台セットの中で、カメラレンズにべちゃべちゃと墨汁を塗りたくり、他のアニメとは大きく異なる絵柄や色遣いを採用することで、作品世界のすべてを独特の違和感の中に叩きこんでいる。そうすることで、この作品をあくまでエンターテイメントとして客観的に楽しめるような視座を提供してくれているわけだ。


ただ、そこで語られるサムライ論は、よく注意して読みとって行かなければならなくなりそうだ。というのも、今作の舞台はいわゆる乱世ではない。あくまで秩序ある平和な時代、それも近世というよりは近代をイメージして構築されているように見える。あたかも維新を経験せずにそのまま武家社会を維持して近代以降の歴史を辿って来たような世界観の中で、さらに外部世界から隔離された特殊な空間である”学園”が舞台となっているトコロにこの作品の特殊性がある。そんな特殊性の上で語られるのだがら、今作の描きだそうとしている忠義とか武士道などが、これまで時代劇等でなんども扱われてきたものとはまるで異なるであろうことは、十分考えられることである(というか、そもそも萌えエロ志向の作品なわけでw)


また、いちおう徳川と豊臣の対立構造はあるにせよ、今回もさっそく真田の応援を仰ぐカタチを取ったことで、単なる勢力争いとは全然異なるストーリー展開を取りそうだと予測できるようになった。これ以降は、主人公と十兵衛が、徳川・豊臣の双方の武将を取り込んでハーレムの構築にいそしみながら、幸村の予言の真相を突き止めるべく活躍するのであろうが、そうした外面的なストーリーの中で、主要キャラクターたちがどのような生き様・人間観を見せつけてくれるか、そこに最大の注目点があるだろう。


何度も言うが、今作の場合は、画面世界が極めて虚構的である。そしてだからこそ、ストーリー展開で回りくどく下地を用意せずとも、セリフとポージングによってメッセージをはっきりと突き付けるような演出が、じつによく映えるのである。あくまで仮説ではあるが、恐らく今作の場合は、よく練り込まれた秀逸なストーリー展開と心情描写によって視聴者の共感を呼び醒ますような物語にはならないであろう。そのかわり、もっとストレートに、そして思い切り芝居がかったやり方で、メッセージを提示してくるはずである。そういう作品にしようという意図が第1話からすでにはっきりと打ちだされていた。


これをもって今作のストーリーを安直だなどと評してはならない。今作は今作なりの演出方針で、映像だけでなく脚本やストーリー構成を用意しているのだ。それを前提とした上でその出来の良し悪しを論じることができるようにしたいところであるし、また決して悪い出来映えにはならないであろう期待を十分に抱かせる第3話であった。





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それでは、今回は以上です。


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