STAR DRIVER 輝きのタクト 第13話「恋する紅い剣」

サイバディが復活できると分かって、ニヤニヤが止まらないスガタが、なんか怖いぞ。




・再びベニオのターン!


前回のサイバディ戦(第8話「いつだって流星のように」 )では、自分の担当回ではなかったということもあって、ドラマも戦闘もすべてスガタに持っていかれてしまったベニオ。綺羅星十字団で進行中のサイバディ復元計画、その実験の第1号として名乗りを上げたのは、彼女だった。


ベニオがスガタのことを想っているのは、シリーズ序盤から何度も描かれてきたこと。今回は彼女がやっとその想いに向き合ってみせるエピソードであり、また彼女がどうしてスガタに惚れていたのかまで語られることになった。これまで、コミカルな言動とエロティックなシチュエーションばかりを見せて、ラブコメ的な役割を担うことの多かったベニオが、じつは剣道の達人で、文字通りの真剣勝負をタクトと交えることになる熱い展開になった。ちょっと想定外の展開だったが、ベニオの内面がぐっと掘り下げられていてとても面白かった。


第11話のシモーヌ担当回などもそうなのだが、今回はベニオのモノローグをふんだんに盛り込むことで、突飛な行動で戸惑わせることの多かった彼女の心理や行動パターンが可視化されていたのが、とても効果的だった。タクトの部屋に忍び込んでキスをして見せるシーンなどはとくにそうで、今までのようにモノローグの無い状態であのシーンを見せられたら、ベニオの行動から受ける印象がガラリと変わっていたと思う。彼女がどのような計算のもとに、あえて道化役を買って出ていたのか。それが理解されることで、彼女の持つ二面性、とくに仮面の下に隠された熱いパッションを、より鮮明な印象をもって受け止めることになる。


タクトに敗れた後、なんだかあっさり、恋の対象をスガタからタクトに鞍替えしたような描写でオチがつけられたが、このような移ろいやすい心のあり様には、10代後半の若者に特有の精神性がよく表れているなぁと思う。とくにベニオの場合は、自分がどうしてスガタに憧れたのかを冷静に分析していたから、スガタに匹敵し得るタクトの存在を強烈に意識させられたことがフラグ立てに繋がったわけで、ベニオの視点を介することで、スガタとタクトの両者を自然と比較するよう促されたのは、今後の展開における布石のひとつであろう。




・サイバディの設定は何を語る?


今回も、キャラクタードラマと密接に絡まり合う格好で、新たな設定や伏線が提示された。毎回、理解を追いつけるのにとても骨が折れる作品だw


まず目を引いたのが、「印の失われた一族」という言葉。王の家系であるシンドウ家や4人の巫女のように、サイバディを動かす能力は本来は血筋によって受け継がれていたらしい。綺羅星は電気棺という疑似的な契約装置を開発して、血筋に関係なくサイバディを操作し第1フェイズを獲得できるようにしているが、もともとはサイバディの全てが、固有の家系に属するものであったのかもしれない。恐らく、古代銀河文明なるものと関係があるのだろう。劇中の段階で、印の失われた一族がいくつあったのかは分からないが、きっと指折り数えるほどしか残っていなかったのではないだろうか。王や巫女とはまた異なる騎士の家系として、何十とあったであろうその血筋は、あるいはベニオたちのように後継者不在で一般人になってしまったか、あるいはタクトのように、島の外で暮らしている者もあるかもしれない。


そしてその印を受け継ぐ資格には精神面に備わる素養が必要であるとは、ニチ・ケイトによる仮説である。サイバディ復元のために生命力のようなものが求められることや、あるいは王のサイバディ・ザメクにまつわる事例を考えるに、サイバディが搭乗者の精神状態に何らかの因果関係を持っていることは明らかであろう。スタードライバーが10代の青年に限られているらしいのも、重要なポイントだろう。


恐らくこのサイバディに関しては、今作の掲げる青春群像劇としての作品テーマの根幹に深く関わって来る設定が、付与されていると考えるべきだ。作り手の掲げる青春像は、ただ恋に夢に友情に浸るだけのものでないことは、とっくに明らかである。では作り手がこの奇妙な物語を通して何を描きたいかと言えば、それは間違いなく、サイバディの中と外で描かれる青年たちの必死の生き様であり、そこに見出されることになる青年期に固有の精神性だ。それを、エンターテイメントとしても、また文学としても鮮やかに突き付けて見せることが、今作の目指している地点だろう。そのことをよく意識しながら、サイバディや南十字島に付与されている種々の設定を読み解いていきたい。




・スガタは綺羅星に何を見たか


当面の物語において、ベニオの家系以上に重要な意味を持っていたのが、サイバディの復元がついに成功したという事実だ。まずはこれによって、とうとうアインゴットの復元を行い、西の巫女の探索に乗り出す体制が整ってしまうと思われる。その西(日死)の巫女・ミズノを守ると誓ったマリノ(マンティコール)は、バニシングエージの代表としてどのような行動を取ることになるのか、次回からの見どころとして注目される。また当然、これまで蹴散らされてきた十字団のスタードライバーたちによる再戦も、じきに行われることにもなるのだろう。


そしてなによりも、サイバディの復元をスガタが目にしてしまったこと、そしてその時にスガタが何とも嬉しそうな顔をして見せたのが、非常に気がかりだ。彼は、ワコを守るためにタクトばかりが矢面に立っているのを内心まったく面白くないに違いなく、自分も早くザメクを起動させて戦いたいと思っているはずである。それにスガタはあれでかなりの負けず嫌いだろうから、自分のサイバディを手に入れた日には、タクトを差し置いて後はすべて自分が戦うとか、言い出しかねない。ザメクを修復するということは、ただでさえ、主人公たちの今の良好な関係を積極的に突き崩すことに繋がる。


加えて、以前言及があったまま放置されていた、綺羅星十字団第一隊代表の座が、スガタのために空席にされているという話。もしスガタがザメクの復元を強く希望するなら、当然それは綺羅星十字団とスガタが急接近することを意味するハズで、個々のキャラクターの特性としてだけでなく、所属する組織や立場の上でも、いよいよスガタとタクトのライバル関係が浮き彫りにされる展開も、そう遠いことではないだろう。もちろん、すっかりヘッドと仲良しになっていることも重要な意味を持つことになる。西の巫女・ミズノにまつわる一連の騒動が片付いたあと、その次の展開として、スガタが綺羅星に入隊する、なんて展開も、決してあり得なくは無い?


ただスガタに関しては、もうひとつ重要な設定が、この間からちらほらと語られているのも気になる。すなわち、十字団の目指しているという「旅立ちの日」に関してだが、今回ベニオとケイトの会話が鳥居(島の東端に位置する、明らかに東の巫女に関係のある施設だった)の下で行われたとき、ケイトは彼に旅立ちの日が訪れても・・・」と語っていた。このことは、旅立ちの日というのはまず人間の身に何らかの形で”訪れる”ものであり、しかも綺羅星十字団の見解では、それが訪れるのはスガタであるということだ。てっきり、十字団のメンバーが自分たちの身に「旅立ちの日」を招くのが目的なのかと推測していたが、そうではなく、スガタが旅立ちの日を迎えることで何らかの利益にあずかろうというのが、彼らの目的らしい。


そうとすれば、当然そんな事態が起こるのならそれはザメクが完全なかたちで復活することが絶対の条件であるだろうから、ただ戦いたいからという理由でザメクが復活することは、たぶん無さそうだ。いや、そもそも今回見せたスガタの嬉しそうな表情が、本当に戦いたいからなのか、というのも分からないのだが。もしかしたら彼は旅立ちの日が何なのかを理解していて、また自分もそれを望んでいるのかもしれない。このあたりは、今後の展開を待とう。




・タクトやワコの、役割の変化


どうも、ミズノが本格的に登場した第9話以来、タクトやワコの役割が変化してきているように見える。主人公とそのヒロインなのに、物語の中心からは一歩下がった地点に待機していて、様々な脇役達を引きたてることが、二人の今の立場であるようだ。


これは、『少女革命ウテナ』でも、とくに中盤(黒薔薇編)以降に顕著になった傾向でもある。すでにキャラクターが確立された主人公は、その目的意識や行動パターンがほぼ固定化され、物語の原動力は主人公やレギュラー格のメンバーではなく、さらにその外縁部にいるキャラクターに移行される。それによって、たくさんの登場人物にスポットを当てた各話完結のドラマを展開させながら、水面下で緩やかに、しかし着実に本筋のストーリーが進行していく。これは、いったんオムニバス形式のドラマとして毎週のエンターテイメントを提供しながら、同時に最終話付近のクライマックスへ向けての下地を綿密に構築するという目的があるのだと思う。


とくにワコの扱いが面白くて、前回は歯ブラシを持ってゼロ時間内に登場した彼女は、今回はとうもろこしを片手に参戦した。こういう、物語にはたいして関係の無い小ネタは、『ウテナ』でも中盤以降加速度的に増えて行った印象があるが、ちょっとシュールなギャグセンスがじつに魅力的で、お洒落だとさえ思う。それに、一度やったネタを、換骨奪胎して何度も繰り返し見せてくるというのも、実に『ウテナ』的なネタの挿入の仕方。次回はいったいどんなシチュエーションで連れて来られるのだろうねw


ちなみに、ワコばかりがこんな役回りを押しつけられているのは、どこにいても常に緊張感を失わないスガタと、わりとのん気に暮らしているワコとの対比でもあったりするのではないか。いや、そのうちスガタもまぬけな姿を晒してくれるかもしれないけれど、でも彼の場合はやはり、ギャグシーンでさえすべて自分の計算のもとに動いているクールさが、特徴であろう。


『ウテナ』と言えば、今回はベニオが、姫宮アンシーも言っていたセリフ「チューチュー」を口にしていた。シチュエーションは全然違うけれど。でも作品のスタンスそのものだけではなく、こうしてちょっとした小ネタとしても、『ウテナ』っぽさを混ぜ込んでくるのは、ファンとしては実に嬉しい。そういう意味では、主人公の決闘シーンを他の人が覗いている、というシチュエーションも、まさに『ウテナ』そのもの。であれば最後の決戦のときは、決闘場の外でバーベキューをする綺羅星十字団の面々が描かれると思うのだけど、どうだろう?w ちょっとどころでなく気が早いけれど、今から楽しみにしておきたい。




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それでは、今回は以上です。


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