魔法少女まどか★マギカ 第7話「本当の気持ちと向き合えますか?」

感謝と責任を混同してはいけない。すごいセリフだなぁ。




・人間と魔法少女の間で


魔法少女は、人間ではない。前回明かされた衝撃の設定を踏まえて、今回は、非人間としての自覚と人間であることへの執着との、激しい葛藤が描かれることになった。


人間、という存在を定義しようとしたときに、それをどのような視点で考えるか。文系人の頭だと、人間とは何よりもその内面のあり方で特徴付けられるものであると考えたくなるから、たとえその実態が小さな卵になろうとも、そのイキモノが人間と同等の精神性をもっていれば、それを立派に人間として扱うことは可能であると思う。仮にロボットや宇宙人であってもだ。しかし一方で、人間という定義が容姿や身体的特徴によって大きく影響されていることも、また事実である。今回さやか達が感じていた気持ち悪さはまさにそのあたりで、自分の体がもはやまったく自分の知るものではない異物感・嫌悪感を、感じていたのだった。それは我々視聴者にとって、とても彼女たちに共感できるものではなくて、だから戦士としての機能の合理性を語るキュゥべえの発言に思わず頷きたくなってしまうところなのだけれど、しかし上條恭介をめぐって仁美から決断を迫られたさやかが、まどかを抱きしめて号泣する場面ではじめて、彼女の苦悩を身近に感じることになったのだった。


言って見れば人間とは、他者から「あなたは人間である」と認識されてはじめて、自覚としても成立し得る概念である、というのが、我々にとってもっとも初歩的な判断基準となるであろう。人間であろうと魔法少女であろうと、自分は自分である。しかしさやかが、友達や、なにより恭介と接して行かなければならない状況にあって、彼らとは違って自分は人間では無いのだと意識させられることが、人間社会の通念を大切にしたいと考える美樹さやかにとっての、何よりの不幸であった。とくに好きな男性に対して、もし彼と恋人になろうと考えるのなら、自分が魔法少女であり人間では無いのだということを、告げないわけにはいかない。すでに恭介と固い絆で結ばれていたのならともかく、まだ恋人でもなんでもないさやかにとって、自分が自分でなくなってしまった事実が、失恋というカタチでいっそう痛烈に襲いかかって来たのであった。


むろん、例えば見るからにおぞましい毒虫になってしまったグレゴール・ザムザなどとは異なり、美樹さやかの場合はまだ見かけ上は人間のままであり、恭介もひょっとすれば彼女のよき理解者となってくれるかもしれない。けれどそんな希望にすがって、いったい何になるのか。これほどの苦痛を背負って貴方の腕を直したのだと、恩着せがましく打ち明けることができようか?




・さやかの無邪気さと、無慈悲な世界


それにしても、美樹さやかは本当に愚かだ。恭介と恋仲になりたいと思っていたのに、その点については奇跡のチカラを使わずに、おせっかいにも彼の不運を帳消しにするために、奇跡を行使した。もちろんその時点では、自分がもはや人間でなくなることは知らなかったとはいえ、では恭介の怪我が治ったら自分が彼と付き合うことができると、本気で考えていたのだろうか。彼が他の女のもとへ行ってしまう可能性をはっきり認め受け入れた上で、恭介が幸福になることが自分の目的なのだと、胸を張ってどうして言うことができないか。さやかが杏子の林檎を非難したのと同じように、さやかもまた、奇跡に期待した彼女の下心について、非難される責任がある。


今回、仁美が恭介に告白するのだと聞いたとき、さやかが心から笑顔で彼女と恭介を祝福して見せることができたなら、「他の魔法少女とは違う」と言い張るさやか自身の理想について、誰からも揶揄されるいわれは無かっただろう。けれどさやかは、自分の中にどれだけ身勝手で自己中心的な醜い感情が渦巻いていたのかを、ようやく気付かされた。だがその時点ですっぱりと人間であることを捨て、人間という枠組みに囚われない自分自身という生き方を模索しようと決意した杏子とは違って、さやかはなおも人間的価値感にしがみつこうとし、その価値感と今の自分がどれほどかけ離れた存在なのかを痛感している。この葛藤こそが、彼女人間であることの証に他ならないのだが、さやかは人間がいかに不完全で悪徳や苦悩にまみれた存在なのかを、まだ知らない。人間とは清く正しい存在なのだと信じて疑わず、そんな理想にちっとも近づけない自分に鞭打って戦う勇者、それが、今の美樹さやかの姿であると言えるだろう。


けれども、そんな美樹さやかは、ひどく人間からかけ離れた、モンスターのようなおぞましさで描かれることになった。ラストの一連のアクションパートの演出は、さやかがまどかの知らない誰かに変容していく姿であったように見える。恋の葛藤や、理想と現実のギャップの苦悩だけでは、普通あそこまで異常な描き方はされない。きっとそこには、自分の信じてきた思想や信念の土台が音を立てて崩れさるのを実感したとき、それでもなおその崩れゆく地面にしがみつこうとする者の、狂信にも似た執念が表れているのではないかと思う。では、さやかの信じてきた思想や信念とはいったい何であったか。少女らしい天真爛漫さで世界の善意を信じてきた彼女の、覚悟を決めたつもりで決断した選択のその先には、いったいどのような青写真が描きだされていたか。それらはすでに何度となく劇中で描かれてきたことだった、恐らく次回はいっそうはっきりとしたカタチで、彼女の考えの無邪気さが問題にされるのではないかと思う。


前回の記事でも書いたことだが、今作はどうやら、子どもと大人の価値感や人生観の対比がテーマのひとつとなっており、しかもそれは、子どもの無垢な美しさと大人の卑劣な醜さ、という対立で描かれているように見える。それを踏まえたうえで、では子どもの無垢な美しさを体現しようと固執する美樹さやかに対して、大人の論理で襲いかかる世界の重圧がどのように描かれるか、そしてさやかがどのようにそれに対抗し、まどかは何を思うのか、注目しておきたい。




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それでは、今回は以上です。


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この記事へのコメント

おパゲーヌス
2011年02月21日 21:41
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