STAR DRIVER 輝きのタクト 第25話(最終回)「僕たちのアプリボワゼ」

すげえ! ちゃんと終わった!w 劇場版発表は既定路線だと思ってたけれど、この最終話が、劇場公開クオリティだった。見事だった!




・怒涛の最終話!


なんて豪快かつ爽快な最終話!! ヘッドの狡猾な罠、タクトの文字通りの死闘、主要キャラクターたちの覚醒と、それをも凌駕するザメクのパワー。これ以上ないくらいにお膳立てされたシチュエーションでタクトがヘッドをぶん殴って見せたシーンは、「これぞ最終話にふさわしい!」と大興奮で叫んでいたのだけれど、その興奮をも前座に追いやってしまうようなタウバーンとザメクの激戦で、もう完全に、画面の中に魂を持って行かれた。圧巻だった!


なんと言ってもやはり、ザメク戦での板野サーカスやダイダロス・アタック(笑)は燃えるでしょう!!w 今作はこれまでも魅力的なアクションシーンを何度も見せてくれたけれど、剣戟にせよ、空戦にせよ、爆発描写等にせよ、作画演出面ではまさに全25話の総決算ともいうべきシーンの連続に、ただこれだけで涙が出てくるほど圧倒された。ストーリーうんぬんの以前にまずとにかく映像が際立って熱かったのが、劇中のセリフやキャラの心情を何倍にも効果的に増幅し、声優の気合いのこもった演技との相乗もあって、ただただ言葉にならない感動を引き起こてくれた。特別仕様のEDテロップもあったおかげで、最終回クオリティというよりも、むしろ劇場版クオリティといって良いであろう驚異の30分間に仕上がっていたように感じた。すべてが終わって、「ああ、終わった!」と心から思える、近年まれにみる完成度の作品だったなぁ。




また、スガタがラスボスになるのかとばかり思っていたのに、最後の最後まで「三人の友情」にこだわって描き抜いたのは、高く評価したい。タクト、スガタ、ワコの物語は、どう転んでもおかしくない三角関係としての側面も持っており、ワコが二人の男性のどちらかを選ぶかという点が曖昧なまま終わってしまったことは、恋愛ドラマとしてはあまりにも煮え切らない幕切れだったと言われてもおかしくない。実際、テレビアニメシリーズであえて三角関係の決着を放棄した作品って、それが主要テーマではなかったと擁護しようとしたところで、ストーリー全体がどこか精彩を欠いたままの印象で終わってしまうことが多いように思う。けれど『タクト』に関しては、タクトとワコのゴールインとして描かれるのではなく、あえて、ヒロインが二人の少年をどちらも好きなのだと告白し、具体的な進展の無いままに終わってしまったことが、むしろプラスに働いていたように感じた。


これは、タクトが巫女の封印を自ら破って見せたというショッキングなシーンと、それにつづく文字通りの死闘、また何よりも打倒ザメクをけしかけたワコのカッコよすぎる態度でもって、二人が全力でスガタの救出を企図し、その計り知れない難題を実現してしまったということを強く印象付けることに成功していたのが大きいと思う。例えば『マクロスF』や『あそびにいくヨ!』などの作品も、怒涛の戦闘シーンを描くことで三角関係の結論を先送りにしようと試みた作品だったと思うが、恋愛関係の未決着をここまで清々しく描けていただろうか。


未決着エンドに関しては、ワコというヒロインの特殊さが大いに貢献していたことは間違いない。そもそも最初から、可愛いけどどこか天然で、大食らいの健康的な少女として描かれてきたワコ。スガタとタクトのBL妄想で盛り上がったり、彼氏のできた親友を羨んだりしてしっかりとリビドーに忠実でありながら、巫女としての使命と責任をとくに強く自覚し、また一方でケイトというワコとは好対照の少女がひとつの愛を健気に守り通そうとしているのを見て苦悩を感じつつ、それでも、二人のことが心から大好きなんだと正直に打ち明けてみせた。ほかのキャラだったら「なにを贅沢な」とか言いたくなる身勝手さも、ワコなら許せるし、またそういうキャラとして受け止められるよう全25話を通じて描かれてきたヒロインだった。


ワコという等身大ヒロインの告白した、欲張りでわがままいっぱいの恋愛観。これこそ、大食家の彼女ならではの「青春の輝き」であったと、言えるのではないだろうか。




・エンターテイメントに徹した『タクト』


それにしても、「結局のところアレってなんだったの?」と言いたくなる設定は、けっこうそのまま放置されていたりするこの作品。チートすぎるシンパシーの能力や、それを使ったヘッドのあまりにも情けない(そして卑劣な)野望。ザメクというサイバディの”間違った”存在意義に関する疑問や、そもそもサイバディとはなんだったのかという謎。あるいはタクトの家系にまつわる隠された設定も気になるし、そもそもタクトはなんで泳いで南十字島に来たのかという点についての言明も見当たらなかった。タクト自身は主人公にしてはやたらと謎の多い人物だし、彼の成長物語という側面がほとんど感じられない一方で結局ワコの恋人も未定という現状で、今作が何を訴えたいがために作られた作品だったのか、といった部分も、想像をめぐらせて各人が様々な回答を見つけ出していくほかない。もし第1話からもう一度見返してみたときに、大小さまざまな部分で、何も語られないまま放置された設定や描写は、膨大な量にのぼるのではないかと思う。


もちろん、すべての謎(意図がある謎だけでなく、意味もないのに”それっぽく見せる”ために用意されたミスリードも多かっただろう)が完全に納得のいくカタチで解明されるだろうとは思っていなかったし、だからといって作品評価を云々する必要も無いのであるが、しかし振り返ればつくづく、五感にダイレクトに響くエンターテイメント作品に徹していたのだなぁと、実感する。今作がツナシ・タクトをはじめとするキャラクターたちの「青春の輝き」を描くためだけにドラマやアニメーションを構築していたのは間違いないが、その輝きというものを、「これこれこういうものである」などというふうに言葉で明確に語り得るカタチを取らずに、言葉では十全に表現も理解もできないけれど、彼らの行動の中にふんだんに込められている様々なパッションやリビドーから、読み取るのではなく感じ取れるように描き上げていたのが、『輝きのタクト』という作品であったろう。そしてこの「輝き」を描くことこそが最高のエンターテイメントになるということを、作り手はよーく理解していたと思う。


タクトたちの行動は、たくさんのことを知っているヘッドやじっちゃんやサリナ部長らの言葉の端々を受けて、限られた情報しか持たない若者がいかなる反応を示すか、という観点でのみ、描かれていた。もっと単純に言うなら、タクトの理解していることと、我々視聴者の理解していることは、その範囲においても深度においてもほとんど大差ない。我々が小出しに語られる設定の謎にやきもきさせられているのと同じ(もしくはそれ以下)の情報の中で、タクトたちは精いっぱいに、自分の銀河を輝かそうとしていたわけだ。


じつにこの点にこそ、今作で描かれた「青春の輝き」の醍醐味がある。タクトはいかにも現実には絶対に存在しないスーパーヒーローであり、ロボットに乗れるだけでなく日常生活でのイケメンっぷり等においても、アニメ的虚構の中で光り輝く存在であった。虚構とは非日常を楽しむという側面があるのだから、その意味で虚構的ヒロイズムの権化であるタクトは、まさに非日常をエンターテイメントとして楽しませてくれるキャラクターと言える。しかしそのタクトが、主人公らしく物語の原動力となるのではなく、他の動力源(ヘッド等)の活動に巻き込まれながら、理解も納得もできない理不尽な状況の中に突き落とされる。虚構だと思っていた主人公がより大きく複雑な虚構的舞台空間の中に囚われ、我々視聴者と同じ視点に立って奮闘するというこの構造によって、タクトという主人公が背負っている作品テーマを視聴者にしっかりと共有させながら、非日常のスリリングかつ情熱的なドラマを、我々に追体験させてくれていると言えよう。





・『ウテナ』ファン的にはどう見えるのだろう


今作の『少女革命ウテナ』との関連性は、第1話の当時から(否、スタッフ発表のその時から?)各所でさんざんに言われてきたことだし、自分もまた『ウテナ』ファンの一人として、『ウテナ』を強く連想させ、場合によってはそれを上回る作品になるのではなかろうかと期待をかけて、『輝きのタクト』という作品を見てきた。いまこうして無事に最終回を迎えたわけだが、果たして『ウテナ』ファンの方々の評価がどのようなものになるのか、個人的には非常に興味がある。


私自身の意見を述べさせて頂くならば、今作は、『ウテナ』が全39話の中でやったのと同じことを繰り返すように見せながら、実際には前述のとおりあくまでエンターテイメント性に特化した作品として、いくぶん小ぢんまりと、そしてポップにまとめてきたかなぁという印象を持った。作り手としてはあえて『ウテナ』を焼き直す意味はないし、過去作品と比べられるのはあまり好ましくないようなことを読んだ記憶もあるけれど、『ウテナ』を超えてみせようという気概は見せて欲しかったなぁと、つい考えたくなってしまう。作劇の手法をあえて『ウテナ』に似せるのであれば、なおさらに。


そもそも『タクト』は、『ウテナ』とは作品の目指している方向性が大きく異なったまま、『ウテナ』の”面白さ”を担っていた技術的な要素を汲み取り、現代風にアレンジ・発展させて作品を作り上げているように見える。


もっとも象徴的なのは舞台となる学園の閉鎖性の明暗だ。『ウテナ』では、やはり今作と同様に、ひとつの学園とその周囲わずかの空間に、閉鎖的な舞台が用意されていた。しかしその舞台は、汚い大人の作り上げた歪んだ蜃気楼であり、世界を変革する原動力となり得る若者のリビドーを大人が利用し食いものにしようとする社会の縮図として、空虚で陰鬱なイメージを前面に押し出したものだった。あるいは劇場版では、閉鎖された学園の内側にとどまることは若者をして「生きながらに死んでいられる」ことを意味するものであって、いずれにせよ、その閉じた世界からの脱却こそが主人公たる青年の目指すべき道であり、闘争であった。


一方で『タクト』においては、南十字島という閉じた空間の持つマイナスイメージはずっと少ないか、もしくは全然無いと言って良い。もっとも、例えば物語における役目を終えた者が島を出ていくシーンに、子どもから大人への転向とか、あるいは死の暗喩かもしれないとか、そういったどこかドキっとさせる描写が含まれている場面は多かったけれど、そこから我々視聴者が導き出そうとする演出上の意図はことごとく想像の域を出ず、劇中ではっきり語られる限りにおいては、島の内外の区別は単に演劇における舞台と舞台袖の関係でしかないし、(私自身が前回想像したように)南十字島を青年たちの監獄といったような悲劇的装置である、などといった推察は、現時点では、あまり大きな意味をなさなかった。残酷で理不尽で悲哀に満ちた『ウテナ』という作品に、どうも強く引っ張られすぎていたようだ。そもそも『タクト』は、『ウテナ』において青年が嫌悪し敵対すべき存在として描いていた”大人の社会”というものに関して、あまり重要な意味を付与していない。この差異は、青春像を描こうとするときにはあまりにも決定的な違いたり得る。


そんなわけで、私個人の所感としては、『タクト』はせっかく『ウテナ』を直接的に意識しまくった作品であったにも関わらず、おそらく最初から、『ウテナ』とはまったく違う土俵を用意して、過去の傑作に正面から戦いを挑む愚挙を犯さなかった作品であったという印象だ。ファンとしては、あの大傑作に匹敵しうる作品なんかそう簡単に出てきては困るし、『輝きのタクト』によって改めて『ウテナ』という作品のとんでもないすごさを痛感させられたということで、半分は胸をなでおろしているトコロである。けれどもう半分の心情としては、もう14年も前に作られた『ウテナ』をそろそろ打倒して見せるだけの作品が、せめて試みだけでも存在してほしいと強く思っており、その点で今作には大いに期待していただけに、落胆を覚えたことも事実である。




もちろん今作は、アニメーションとしてのあらゆる要素が非常に高いレベルで噛み合ったうえに、それが素晴らしい完成度のもとに融合されている作品であって、面白さでも、心の揺さぶられ具合でも、特筆すべき傑作であることは間違いない。大いに楽しませてもらったし、大いに感動させられた。これほど素晴らしい作品を世に問うことができたということを持って、今作スタッフの手腕を高く評価すべきであると改めて思った。またなにより、完全オリジナル作品として堂々の戦いぶりを見せた今作はそれだけでも絶賛に値するし、今作の成功は今後のアニメシーンを大いに勢いづかせるかもしれないと、そんな期待を抱かせてくれるだけの作品だった。このような作品に出会えたことを心から感謝したい。また、もし今後なにか新たな動き(劇場版とか・・・?w)があるのなら、全力で応援させて頂きたいと思う次第である。




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それでは、これにて以上となります。毎度、読みづらい長文ばかりの感想記事に付き合っていただき、どうもありがとうございました。


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この記事へのコメント

ぽんず
2011年04月03日 20:26
なんとか終わりましたね(笑)ただいま感想サイトを巡回中です。
あの強引にも見える畳み方は意図的なものなんでしょうか? あくまで三角関係の一つの形を示しただけで決着を付けないという選択は自分でもどう捉えたらいいのか終了後悶々と悩まされました(笑)

ナツオが飛んだシーンを彷彿とさせるタウバーン飛翔からの流れは熱すぎて脳汁が出まくりでした。こういう単純な熱血っぷりもウテナとの方向性の違いを示してますね。

ヘッドは救われないのかと思いきや結構普通にカタシロさんと話してて笑いました。「何が綺羅星だよバカバカしい」という迷言はウテナの「どうせアニメでしょ」を連想しました。お前が始めたんじゃないのかと(笑)なんだかんだでヘッドは気に入ってます。

すごく面白かったです。でも自分の中でウテナ越えはなかったなぁ。とりあえずDVDが出揃ったらもう一度一から見返してみます。

あと関係ないですがこれだけは言わせて下さい。
梅ちゃん愛してる!
おパゲーヌス
2011年04月03日 23:58
>ぽんずさん
梅ちゃん愛してる! ごめんなさいキミトド最終話(2話連続まるまる)、録画したまま見れてないww 

やはりウテナ越えはなかったですかー。エンターテイメントとしてはそれこそ今世紀屈指の出来栄えだと思うし、いつまでも語り継がれるべき作品だとは思うのですが、やはりウテナのような名作はよほどのことがないと生まれませんよね。作り手の努力やチームワークはむろん、その時代や視聴者の嗜好、他にもいろいろな要素が入り混じって、ひとつの傑作・名作を形づくっていくのでしょう。

他の感想を見てみると、早速、後日談がなければいけないとおっしゃってる方がたくさんいらっしゃって、タクトたちみんな愛されてるなぁと実感しますw 自分は・・・後日談やるくらいなら、劇場版ウテナのように、テレビ版本編と関係ありそうでなさそうなまったくの新作でもって、ストーリーではなく作品テーマを補完し強化するものが見たいですね。

三角関係の決着も難しいけど、まさかのスガタ&タクトでカップル成立、みたいな妄想の余地を残してくれているのは、良いんじゃないでしょうかw ヒロインだってワコだけじゃなく、ケイトやベニオあたりも交えて、綺羅星とか関係なく楽しい青春ライフを送ってくれそうで、でもそれは空想で楽しんでおけば良いんじゃないかと思っています。
yuki
2011年04月04日 00:56
作画のすさまじさも、構成も決着も想像を越える最終回でした。タウバーンVSザメクはもうTVでやっちゃいかんだろこれ、って思いました(笑)。
スガタの動機もごくシンプルながら全く予想できなかったし、最後はタクトたちの友情で締めてくれて本当に良かった。
タクトとスガタの関係は久しぶりに本当に親友らしい親友をアニメで見た気がします。BL的な意味を含まないという点でも(笑)。
クセ球の多いアニメに見せかけて実は王道をゆくというタクトの魅力を凝縮したようなラストで大満足です。

でもこんなに面白かったタクトもおぱゲーヌスさんにとってウテナを超えることは無かったんですね…。
今作で榎戸さんに俄然興味が湧いたのでレンタルでゆっくりウテナを観てみようと思います。

半年間タクトを観てからこちらの考察を見ることでよりアニメを楽しむことができました。毎週非常に濃く幅広い内容の記事、お疲れ様でした。そしてありがとうございました。

あ、そういえばウテナの前にまずはタクトのゲームですね。人妻と思う存分イチャイチャしてからウテナを楽しもうと思います(笑)。
おパゲーヌス
2011年04月04日 23:10
>yukiさん
>クセ球の多いアニメに見せかけて実は王道をゆく

これはまさにその通りでしたね。なんだかんだで天邪鬼な現代人には、そのままド直球を放るよりも変化球に身構えさせたほうが、身を入れて視聴してくれますからね。大成功でした。

ウテナに関しては、青春時代の1ページを飾った作品ということで、かなり思い出補正がかかってるかもしれませんけどねw でも、ただ”楽しい”だけではなくて、エンターテイメント性のみでは語りきれない作品ですよ。もちろんだからと言って、面白さも超一級品なのが、すごいというか。『タクト』が楽しめたのなら、きっと気に入ると思いますよ、色々とそっくりなトコロが多いのでw

『タクト』は劇場版より先にゲームでしたね。自分は機械持ってないのでやりませんw でも思い出すなぁ、『ウテナ』のゲームをずっとやりたくて、2008年になってやっとセガサターンを先輩から譲り受けて、中古ソフトを買いに走ったことをw ゲームシステム云々はあるでしょうが、アニメに惚れ込んだからこそ楽しめるゲームというのも、良いものですね。

こにぃで
2011年04月08日 00:51
こんばんわ。終わってしまいましたね。
スタドラには複数の有名作の要素が、至る所パロディ的に差し込まれていたようですね。

優秀なアニメクリエーター諸氏が、遊び心もたっぷりに「今だからこそやりたいこと、やるべきこと」を思い切り詰め込んだ結果、はち切れんばかりに豪華絢爛な作品として完成されたのではないでしょうか。
放送コードに挑戦するかのような暴走はご愛敬、青春の勢いであっという間に全てを終結させ、細かい所まで回収しなかったのもまた若さゆえ、で納得させられてしまいそうですが(苦笑

ただ、ワコが結論を出さなかったが為に、今度はケイトが不憫ですね。
島に居づらくなりそうなので、島を出て歌手になりそうな?

ともあれ、素晴らしく楽しめた作品でした。
おパゲーヌスさんも、ありがとうございました。
おパゲーヌス
2011年04月10日 00:10
>こにぃでさん
こちらこそ、このようなダラダラとした感想を読みに来てくださり、どうもありがとうございましたw

今年(2011年)はリアルのほうの事情から、アニメ感想どころか視聴ペースすらぐだぐだに乱れてしまっていて、さらに震災等もあってそもそもアニメを楽しもうという気分になかなかなれなかったという状況だったのですが、それでも、スタドラは必ず真正面から観劇しよう(そう、スタドラは劇でありました)と思い、またそれを実行させてくれた作品でした。アニメってこんなに面白いんだと、改めて主張してくれた作品だったと思います。いち視聴者としてとても幸運な出会いだったなぁと感じましたね。

ケイトに関しては、不憫という印象はそれほど受けなかったかなと。彼女は、即物的な報い(スガタの愛の言葉や抱擁)がなくったって、たった一度の思い出だけを大切にしながら、力強く生きていける子だと思いますね。また、スガタへの永遠の想いを貫きながら、実際にはこれからの人生で素敵な恋を経験し、立派に幸せになってゆける人物だと思っています。青春時代の恋なんて所詮そう長続きはしないという現実を思えば、初恋の経験はもちろん大切ですけれど、それを良い意味で偶像化してしまえる立場に、ケイトやベニオは立っているのではないでしょうか。

事実、主人公のタクトでさえ、ワコ以外の女の子に初恋をささげ、その思い出がいまでも彼を奮い立たせているわけですし。そういう意味でもタクトは、南十字島の若者たちの良い指標なのかもしれません。

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