花咲くいろは 第１５話「マメ、のち、晴れ」

洋輔くん、男を上げたね。思わずホロっと来てしまった。



２話連続で描かれた、結名の夢と人生の葛藤の物語。前回はかなりグダグダだった許婚・日渡洋輔が緒花たちの頑張りに感化されてぼんぼる姿を見せたことで、彼にキツイ一発をお見舞いした結名のほうが、逆に洋輔の生き方に歩み寄る様子を見せた。人にはどんな可能性だってあるし、何を追い求めてもいい。だからこそ、好きなこと＝仕事とはならない人生もまた、正しい道のひとつであることを、結名は気づき始めているようだ。


それにしても、本当にこのアニメは、若者に向けて作られているのだなぁ。いや、どのアニメもみんなそうなのだろうけれど、とくに今作は、若い人へ真摯にメッセージを発信しようという姿勢が色濃く表れている。いちおうその対象者のはしくれである自分にとって、その是非は別にしても、じつにリアルな共感や葛藤を促される、感慨深い作品だ。あるいは社会全体が不景気・就職難とされ、あるいは若者自身の仕事や生活に対する熱意の低下が指摘されている現代日本において、このような作品が発表されるというのは意義のあることだろう。それだけに、作品の丁寧さやテーマ性の強さ、あるいは様々な環境を抱える広い視聴者層を対象にできるよう普遍的なエンターテイメント性を追求してある点に、作り手の熱意や真剣さを感じずにはいられない。


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さて今回のお話は、危機に立たされた旅館・福洋（とくに仲居の人手不足）に、緒花たち喜翆荘の面々が立ち上がるというもの。辞めたバイトたちや番頭の洋輔くんに対して文句の一つでもぶちまけるかと予想していたのだが、緒花が文句を言ったのはマンゴーソフトに鳥南蛮というトッピングのゲテモノ趣味に対してだったｗ　後から劇中で語られることだが、緒花には他者様の視点から偉そうに講釈を垂れるなどする気はなく、同業者として福洋の立場に同情し、いてもたってもいられなくなったようだ。見ていた最初は、緒花の本当にお人好しな行為に半ばあきれかけていたところだったのだが、それが喜翆荘での女将の教育の賜物であることが語られたので大いに感心させられた。さすがというか、今回の脚本の出来栄えはすごく良い。一見無茶な言動にもちゃんと筋が通っているので、単なるドタバタ劇に終始しておらず、むしろその根本に今作の重要なテーマをしっかりと織り込んでいると思った。


教育とは、知識や技術を教えることではなく、”人間をつくること”だという。今回、劇中では喜翆荘での教育を女将のしごきにスポットを当てて語られていたが、これはもちろん緒花も半分冗談で言っているし、作品が体罰を安易に容認するものでないことは第１話を見返してみればすぐに理解されることで、その背後にある、女将流「人間のつくりかた」のありかを汲み取らなければならない。前回洋輔くんがバイトをどのように教育していたか、ということと比較して、緒花がその身を持って、教育のなんたるかを示している。考えるよりもまず行動に移すという迅速さや、仕事に取り掛かる際の集中力、周囲の状況や何よりお客様への気配り。喜翆荘の面々が示しているこうした行動力の背景に、何事もきちんと筋を通す、四十万スイの気骨ある人物像が直接的な影響を及ぼしていることは明白だ。


そして、スイの影響は何も緒花たちだけにとどまってはいなかった。旅館・福洋の社長もまた、湯ノ鷺で四十万スイらにしごかれた人物であり、この危機に際しての決断や筋の通し方、また社長みずからが率先してモップをもち、きつい掃除仕事を行うという姿勢。ここには確かに、喜翆荘にも通じる旅館経営の精神が脈打っていた。教育とはかくあるべき、というメッセージが、マニュアル（知識や技術の体系）だけしか見えていなかった前回の洋輔くんのやり方との対比で、じつに鮮やかに浮き上がっていたと言える。


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ところで、仕事の楽しさというのは、いったい何なのだろう。いわゆる「やりがい」というものは心のどのあたりが反応している感情なのか、自分にはよく分からない。もっとも大きいのは報酬への期待だろうが、金銭的な報酬よりも、お客様の笑顔や満足といったものがより大きな報酬と感じられるのが仕事という場だ。あるいは、大変な状況を仲間とともに乗り越える一体感は、スポーツの面白さにも通じる部分があるかもしれない。しかしゲームとしての目標が極めてシンプルに設定されているスポーツよりも、いろんな”勝ち方”や”負け方”が存在し、気の持ちようや考え方によってさまざまに評価が改変されるのが、仕事というものだ。今回も、仲居経験者だけでなく素人のお客様にまで配膳を手伝わせてしまったようだが、本来ならあってはならないはずのこうした事態も、今回に限っては良しとされている。


このように、仕事の楽しさというのはまるで雲をつかむように分かりにくいものだ。働いたことのない結名が旅館の仕事を嫌っていたのも、外から見た限りでは何も報われない、割に合わない仕事（もしくは人生）と映ったからだろう。それなのに、働く緒花たちはこんなにもキラキラと輝いていて楽しそうだ。洋輔が（本気ではないにせよ）緒花を嫁候補みたいに言ったとき、結名は仕事の楽しさを共有しているらしい洋輔や緒花たちに、嫉妬と同時に不可解さを感じたのではないか。そして、実際に自分もデッキブラシを握って見て、やっぱりきつくてつまらなくて割に合わない仕事だと痛感したにも関わらず、その労働の苦痛を消し飛ばすのに十分な報酬を、クラスメイトたちの笑顔の中に見出したのだった。


好きなことだろうが嫌いなことだろうが、働くからには、その内容に関わらずどこの職場でも同じような苦労があり、嫌なことがあり、そしてやりがいがあるという。この真理は自分には、トルストイが『戦争と平和』の中で語っていた、貴族であろうが捕虜であろうがどのような境遇であれ、人が感じる幸福と不幸の質は変わらない、という話を思い起こさせる。きっと仕事には、そろばんを弾くだけではとても整理することのできない、不可解で不合理な側面がいっぱい包含されていて、しかもその嬉しさや辛さや苦しみもすべてひっくるめたうえで、仕事が楽しいと言っているのだろう。これが人生というものの縮図であるのなら、人間はなんとも不安定な足場の上で生きているものだと感心してしまう。


『花咲くいろは』という作品の面白いところは、この不可解さ、不合理性、不安定感を、全部ちゃんと描き上げて、そのうえで人生の楽しみを全力で肯定している点だ。第１４・１５話を通して、改めて実感させられたことだった。


働くことが良いことだとか、大切なことだとか、楽しいことだとかいうメッセージは、今作においては頻繁に発信されているものではある。けれどそうした表面的なテーマの背後には、たぶん、人生の不可解さ（だからこその面白さ）を描こうという意思が込められていると思う。松前緒花を中心とした、登場人物たちの元気いっぱいの生き様を、次回以降も変わらずに描き続けて欲しい。



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それでは、今回は以上です。



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