ラストエグザイル―銀翼のファム― 第14話「Smothered mate」

今回、最高だった! 戦火のまっただ中にあっては、小休止回と言うべきエピソードなのだろうけれど、こういうところでこんな見事なドラマを描いてしまうのがスゴい。脚本家、レベル高いよw




アバンを見て、エグザイル同士のガチムチバトルはまるまるすっ飛ばすのかよーーー! とは思ってしまうのは誰だって同じだろうとは思うけれど、けっこう苦肉の策だなぁと思う。だいたい2クールで描ききるには、ストーリーのボリュームがありすぎるんだよね。こればっかりは、第1週目の作品紹介企画や第9.5話という位置づけの総集編を、そんな企画をやらずに本編の尺に充てたところで、解決できないと判断したのかもしれない。20分強ごとに強制的にぶった切られて1週間もインターバルを置かなければいけないTVアニメという媒体は、毎回毎回ちゃんと見せ場を作りながら、なおかつシリーズ全体でひとつの作品にまとめなければいけないということで、とくに今作のようにがっつり戦記モノあるいはSFとして成立させたい場合は相当の苦労を強いられるのだろう。その中で、何を見せて何を省くか、冷や汗を流しながら慎重に選択しているであろうことは想像に難くない。作画スケジュールの問題とかも当然あるのだろうし、エグザイル同士のぶつかり合いは端折って構わないシーンだったというのは納得がいく。そもそも、アデス連邦によるグラキエス侵攻作戦自体が、この後に巻き起こるさらなる戦乱の、序章にすぎないのだから。


ただ一点、想像をたくましくしてこの戦争の終着点を考えてみれば、グラキエス侵攻作戦においてルスキニアが、どうやってエグザイルという最終兵器を用いるか、細部まで検討していたらしいことがうかがえる。


というのも、お互いにエグザイルを起動させた場合、どうすれば一方だけが敗北しもう一方が生き残っていられるか、これが大きな問題になるのは誰でもわかる。トゥランのエグザイルだけが他よりも強いということはないのだろうし、トゥランもグラキエスもエグザイルは同等の戦力として計算可能であるならば、核爆弾級の(もしかしたらそれ以上の)戦略兵器をお互いが使用すれば、相打ちになって共倒れになるに決まっている。


そこでルスキニアは、最初にグラキエスのヴァンシップ隊を属州艦隊の囮に引き付けておいたのと同じように、こんどは自軍の第二・第四艦隊を、敵エグザイルを引き付けておくための囮に使ったということだろう。グラキエスのエグザイルが侵入者を攻撃している間に、リリアーナの力でトゥランのエグザイルをグラキエス上空に移動、そこから一方的に相手を攻撃したというわけだ。エグザイルの攻撃手段は巨大な触手だが、光線兵器とは違って攻撃開始から命中までに実弾兵器と同じくらいの時間がかかる。触手の射出面が限られているなら、膨大な数のアデス艦をひとつひとつ潰している真っ最中に別の箇所から攻撃を加えられたら、新手に対応するまでには多少のタイムラグが発生するはずで、通常兵器ならばそんな誤差はなんでもないのだろうけれど、エグザイル同士の決闘においては一瞬の遅れが命取りになる。


おそらくルスキニアの手元には、エグザイルはトゥランのもの一基しか存在しない。この一基で帰還民すべてを相手に戦うためには、自分の持っている最終兵器を絶対に使い捨ててはならない。ルスキニアは、少なくともグラキエスとアナトレーが自分たちのエグザイルを起動できることを知っているのだろうから、このふたつのエグザイルを潰すまでは、トゥランのエグザイルを傷つけるわけにはいかなかった。エグザイルを戦場に投入する以上、これが敵の攻撃を受けるリスクはとうぜん負わなければならなくなるが、そのリスクをいかに減らすかという点にルスキニアが心を砕いていたことは明らかであろう。


前回の戦闘を見ると、アデス軍もグラキエス軍もお互いに、他の国では持っていないような未知の新兵器を何段階にもわけて投入している。そしてこのような戦闘において、アデス軍は常に、後出しじゃんけんの要領でグラキエスの防備を打ち破っていった。最終的には、相手がエグザイルを起動したあとに、万全の体勢でこちらのエグザイルを投入できるようにするのが目的である。この最終局面を導き出すために、属州艦隊をまず囮としてぶつけるところから、彼の勝利への布石は始まっていたのだ。


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グラキエス滅亡によって、アデス連邦の敵はアナトレー1国となった。1週間の猶予を置いてアナトレー侵攻を計画するアデス連邦だが、「シルヴィウスなき今」などというセリフが飛び出しているアナトレーの現状がどうなっているのか、大変気になるところだ。アイルヴィウスはやはり拿捕されてしまったのだろうか。


そしてここにきてヴァサントがとんでもない動きに出てきた。ファムとミリアの涙腺崩壊エピソードの直後だっただけに、あまりの事態に大変驚いてしまったのだけど、彼女は早くもアウグスタを担ぎ出して、反ルスキニアを掲げて立ち上がった。冒頭のシーンを見て、秘かに反アデス勢力と連携を取りながら裏工作を繰り広げるのだろうと想像していたので、この性急な動きには本当にびっくりした。


もちろん、タイミング的にはココしかないよなぁというヴァサントの反動。前々からルスキニアの動きに疑問を感じていたのは、何も彼女だけではないことがオーランやソルーシュの会話からもうかがえるが、ヴァサントの場合はケイオス軍が全滅したというショックに加えて、おそらくは、戦闘の詳細を聞いて囮作戦のあまりの非道っぷりに、完全に頭に血が上ってしまったのだろう。彼女の場合はそれに加えて、アデスに降伏した帰還民国家の首脳たちとの折衝役をつとてめいたのだから、まるでだまし討ち同然のグラキエス戦で自分が責任を追及されることを恐れた部分もあったと思われる。


これ以前の段階で、彼女が国内の反ルスキニア勢力と連携を取っていたとはあまり考えられず、アウグスタにも、ルスキニアにも、忠実に仕え続けてきたのは事実だろう。なので、いきなりアウグスタを奉じて王城を制圧したとして、ルスキニア打倒をすぐさま実行できるだけの準備も体制づくりもまだ出来ていないに違いないから、ここからの軍・政両面の手腕が、まずはヴァサントvsルスキニア抗争の第一段階となるだろう。損害の大きい艦隊を除いたとしても、ルスキニアのもとには第一・第三の二個艦隊がある。ヴァサントが自分の第五艦隊を手早く完全に掌握できたとして(本当にそれが出来たらスゴいんだけど、出来ちゃいそうだなぁw)、さらに賛否両論分かれているはずの貴族たちを反ルスキニア論調にまとめ上げて(これはまだ簡単そうだ)、それでもルスキニアと戦うには不利だ。


ただし、現皇帝を手元に置いているという政治的有利さをどこまで活かすことができるかは勝負の分かれ目だ。ルスキニア側にもアウグスタに銃を向けるのを躊躇う兵が相当数いるだろうから、彼が機動艦隊をどこまでまとめられるか、非常に難しい局面に突き当たっていると言える。うまくすれば、早くもインペトゥス1艦だけで逃走せざるを得ないような状況にもなりかねないし、ヴァサントとしてはそうした動きにも期待したいところだ。かりにルスキニアが現有戦力で首都奪還に臨んだとしても、せめてオーランの第三艦隊が手を抜いてくれれば、ルスキニアは第五艦隊の防衛力を打破することはできないだろう。


けれどルスキニアがエグザイルを持っているというのが最大のネックだ。これさえあれば、最悪でも自分とリリアーナの二人さえ残っていれば、いくらでも逆転ができる。ルスキニアがただ権力にしがみつきたいだけの男なら、そんな泥沼の展開に突入することもあり得るかもしれない。このあたりは、彼がファラフナーズの意志をどこまで受け継いでいてくれるか、一縷の望みを託すしかない。


あるいは、サドリ元帥閣下(!)がルスキニアをどう制御するかも注目点か。うーむ、正直どうなるかさっぱり分からない。でも、なんだかとっても面白い展開になってきたことだけは確かだw こんなに次回が楽しみになるなんて、そういう意味でもやっぱりこの第14話はシリーズ最高傑作回かもしれない。


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トゥラン、グラキエス、そしてカルタッファルが壊滅していく様を、指をくわえて見ているしかなかったミリア王女。それらの悲惨な出来事に実姉が深くかかわっているとなったら、悲壮な表情になってしまうのも無理はない。


個人的には、このときのミリアはすごく好きだ。あのミリアがルスキニアにも似た冷酷な表情を漂わせていくことで、「ただささやかな幸せがあればそれでよかったのに、どうしてこんなことになってしまったんだろう?」という戦争の哀しさ・淋しさを強く際立たせる。


自分の好きな『重戦機エルガイム』という作品があって、『銀翼のファム』とは案外に共通点が多いので、もしかしたらストーリー作りの段階で間接的にでも影響があるのではないだろうかと考えているのだけれど。『エルガイム』でも、やはりどちらかといえば能天気でおだやかな人物だったダバ・マイロードが、戦争のなかで次第に以前の明るい表情を失っていき、終盤のころには仲間からも「怖い」と言われるようになっていったのを、今回のミリアは強く連想させた。ダバは、自分の血筋(※彼もまた亡国の遺臣の末裔であった)にまつわる宿命を一手に引き受け、妹同然だったヒロインの一人を敵に回すことにもなりながら、強権的な支配者を打倒するために自分を殺して立ち向かっていった。同じようにミリアもまた、一個人としての願望や理想からは大きくかけ離れたところに置かなければならない自分の立場を強く自覚し、姉に対する愛情を必死に抑え込みながら、なんとか自分に鞭打って奮い立たせている。ファムたちはそんなミリアを痛々しく感じていたようだが、しかしこのような姿こそ、困難な状況に立ち向かう為政者や指導者のリアルな姿なのではないだろうか。きっとかつてのルスキニアが経験したように、ミリアもまた、ひとつの国家の存亡を背負うとはどういうことなのか、いま急速に学びつつあるのだろう。


だが、『銀翼のファム』という作品は、ミリアのそのような変化を許さなかった。ミリアが、元気で純真な少女としての自分を捨てて、政治や戦争という得体の知れない化け物の奴隷になってしまうことを良しとしなかった。ミリアが自分らしさを保持したまま、それでもなお歴史の趨勢を大きく転回させる役割を担うことができるのだという選択。今作が、ミリアを主人公とはせず、根無し草のファム・ファンファンの視点で物語を紡いでいく決意をしたのは、こうしたあたりに理由があったのではないかと思う。


戦争だとか、祖国滅亡だとか、そうした常人には想像もつかない労苦の真っただ中にある彼女たちは、しばしば自分の背負っている責任の重さを前にして、それまで抱えていた自分らしい表情を捨てて、為政者や軍人や傍観者としての仮面をかぶりそうになってしまう。けれどそのたびに、ファムが拙い言葉と乱暴な行動力でもって、鬱屈とした空気をぶち破り、人間的な感情へと回帰するよう呼びかける。この世界の歴史の動向は一見ファムと無関係なところで動いていくようだけれど、その歴史の一角を担っているミリアのすぐとなりにファムという少女がいたという、たったそれだけの事実が、じつは計り知れないほど大きな意味を持ってくることになるだろう。


ミリアが、ただのミリアであり続けながら、なおかつミリア・イル・ヴェルク・クトレットラ・トゥランとしての責務を全うすることができたとき、そのとき初めて、平和を希求する祭典としてグラン・レースが開催されることになるのだろう。果たして、ファムの願いは世界を変えることができるかどうか。今後のミリアとファムたちの動向によく注目しておこう。




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それでは、今回は以上です。


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この記事へのコメント

はるる
2012年01月29日 08:02
アムとレッシィとキャオが束になっても出来なかったことをファムがやってのけられるか(今回はひとまずやれましたが)がひとつの見所ですね。(失敗したら田舎でお姉さんの面倒をみながら陰遁生活?)

ルスキニア総統は…この展開は前回予想してましたが思ったより早かった。
これは単純な失脚じゃなくて、何かありますね。最初から泥を被るつもりで憎まれ役やっているとか(前アウグスタの理想のために)

iso rock は主人公は凄いのに常に味方に足を引っ張られるという展開でした。
おパゲーヌス
2012年01月29日 23:33
>はるるさん
『エルガイム』でのキャオたち三人は、ダバの友人である以上に、反乱軍の一角を担う指揮官として活躍することになっていきましたからね。ダバが怖くなるのと同時並行で、他の三人は回を追うごとに凛々しく頼もしくかっこよく(そしてどこか寂しそうに)なっていったのが印象的でした。あの無常観は、とても好きだったんですけどね。

ファムはどう見ても、組織のリーダーには似合いそうもないですし、むしろまともな軍用武器のひとつも使わないまま最終話まで飛び回っていそうな気がします。本人はべつに平和主義者ではないのだけれど、結果としてそういう役割を負わされているのが、この物語の主人公像なのかなと。軍人じゃないから、政治家じゃないから、好き勝手なことを言える。それがファムの最大の特徴だと思っています。

ルスキニアがわざと憎まれ役をやっている可能性は非常に大きいでしょうね。このあたりのラスボス像は、エルガイムの後身たるファイブスター物語にも通じる部分があると思ってて、もちろん参考にしてるだろうとかそんなでたらめは言いませんが、単純に言って自分のすごく好みの展開になりそうだという期待があります。

五十六はなぁー。あんまり興味湧かないなぁw そもそも海の戦いが自分はさっぱり分からないというのも大きいんですが。それ以前の問題として、近年の日本人がちょいデリケートな歴史を題材に扱った作品は、どうせ底が見え透いているだろうという印象がありますね。

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