偽物語 第11話(最終話)「つきひフェニックス 其ノ肆」

ノイタミナみたいな話数の使い方するのね。でもとっても面白かった。ちょっとホロっときましたよ。



「かれんビー」が案外長い尺を取っていたので、月火編もあともう1話か2話くらいあると思って油断してたけど、早くも今回が最終回。『傷物語』の劇場公開を控えている段階での、言ってみれば前座みたいな扱いなんじゃないかと邪推させるこのシリーズも、終わってみれば随分楽しませてもらったし、『化物語』からの各エピソードと比較しても「つきひフェニックス」は最上位にランク付けしたいくらいお気に入りエピソードとなった。ホンモノとニセモノを突き合わせて考察される『偽物語』のテーマが語られたことで、単なる怪奇モノもしくは青春譚の枠組みを大きく踏み越えた、文学性豊かな作品として仕上がっていたと思う。


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ストレートに最終話の感想を書こうと思っていたのだけど、ついさきほど、テレビで面白い特集を見たので、それに絡めながら今作のテーマについて振り返ってみたい。ちょっとエッセイ風に(笑)。


テレビで見たというのは、歴史の謎や定説に意外な視点から解釈を加えた新しい学説を紹介するバラエティ番組。晩御飯のついでに見ただけなので途中をかいつまんだだけだったけれど、自分が見たのはちょうど、3つの歴史的遺物を科学的に検証し、そのウソを暴くという企画。やり玉に挙がっていたのは、イエス・キリストの死を確認するためにその体に突き立てられたという「ロンギヌスの槍」、アポロ11号が持ち帰ったものとしてアムステルダムに保管してあった「月の石」、そしてマヤ文明のオーパーツとして有名な「水晶ドクロ」の3点だ。


番組では、ここ10年ほどの間に行われた、最新技術による測定とそれに基づく年代考証によって、それらの遺物が定説通りのものではない、つまりはニセモノであることを紹介していく。まず「ロンギヌスの槍」は、それが4つのパーツによって構成されていることが明らかとなり、もっとも新しい金の鞘が14世紀のもの、もっとも古い槍の穂先が8世紀にまでしか遡れないことが判明。紀元1世紀のキリストの活動期とは大きく隔たりのあるニセモノであることが分かったのだという。同じ調子で、アムステルダムの月の石がじつは地球で採掘された木の化石であったこと、水晶ドクロは新大陸へのヨーロッパ人侵入以後の技術で作られたもの(よって古典期マヤ文明の遺物ではないこと)が白昼の下に曝されていた。


もっともこの企画は、モアイ像やら始皇帝陵やらといった番組の目玉企画の狭間に挿入されていたオマケにすぎず、内容も大変お粗末で、ものによってはウィキペディアに掲載されている記事を劣化させた程度、また下手をすれば要らぬ誤解を招く恐れもあるんじゃないかという代物だった。アムステルダムにあったニセモノの月の石が、まるでこれまで地球に持ち帰られた唯一のものみたいに取れる紹介の仕方は、アポロ11号の月面着陸捏造説を助長させる印象操作だとして、関係者は苦情を申し入れてもいいレベルだと思う。


けれど歴史ファンとしては、ロンギヌスの槍だとか水晶ドクロだとかいう実在の遺物が、伝承通りのホンモノであるのか、それとも後世に捏造されたニセモノであるのかという判断は、さほど心を惹かれない。だってどうせニセモノなんだろうから、そんな当然の推測が科学技術によって裏付けされただけのことであって、逆にホンモノだった時のほうが衝撃的だろう。そしてもし歴史に興味があるのなら、この手の話題ではもっともっと重要な疑問が湧いてくるハズだ。




それは、これらのニセモノがなぜ、誰によって、どのようにして、現在伝わる伝承を伴ってこの世に登場したのかという疑問だ。歴史の嘘をすっぱ抜くなら、むしろそれが嘘と分かった後の考察が遥かに重要になってくるのは、自明のことであろう。


ニセモノがこの世に出現するということは、それによって誰かが利益にあずかろうと考えていることになる。その利益は、もちろんお金や地位だけにとどまらず、宗教的熱意を呼び覚ましたり、権力者の権威を補強したりと、その対象や時代の状況によってさまざまに変化してくるものではあるし、もしかしたら純粋に面白がって嘘をついてみただけという可能性もあるわけだが、いずれにせよ誰かが、何らかの目的を持って行動しなければ、ニセモノが生み出されるはずがない。そのような作為をいかにして見抜くかが、人間を探求する学問としての歴史学のひとつの真価となってくる。


たとえばロンギヌスの槍、本体部分はなんと8世紀にまで遡るという。そんなに古い史料が、1300年もの間、大事に受け継がれてきたという事実。そこからは、8世紀のキリスト教世界における何か重要な出来事や当時の人間の意志が読み取れるかもしれず、それは聖遺物がホンモノであった場合と同じか、それ以上の学問的価値を付随させる事実かもしれないのである。かりに嘘がでっち上げられた時期が8世紀ではなく、たとえば近代に入ってから、時の権力者が古そうな槍を適当に選んで聖槍に仕立て上げたのだったとしても、歴史研究の意味においては、本質的な価値はそう変わるものではない。槍がどのように聖遺物に仕立て上げられ、それを誰が信じ、あるいは利用しながら受け継いできたのかという経緯は、人間の歴史の立派な一部なのである。


ありもしない歴史を真実のようにでっち上げ、その歴史改変に役立てるためにニセモノの遺物をうやうやしく祭り上げるのは、古代から現代まで、世界中のいたるところで行われてきたことだ。近年はとくに、定説の再検討によって明らかになった新たな歴史的事実(および過去の権力者たちが姑息にも不都合な事実を隠し誤魔化してきた実態)の研究成果が、われわれ一般読者にも簡単に手に入る読み物として盛んに出版されたり、メディアに取り上げられている。古い時代なら聖徳太子虚構説などはすっかり有名だし、近現代史なら今話題の南京大虐殺、従軍慰安婦等の”定説”も、ひところよりはずっと科学的に再検討されつつあるようだ。これらはあくまで研究のひとつ、学説のひとつに過ぎず、どんなに確定的な状況証拠が積み上げられたところで、本当の真実にたどり着くのは不可能であるのだが、どうやら真実とされていたことが事実無根であるらしいと判明することで、逆にその嘘をでっち上げた人間たちの心理や状況の実態をより鮮明に描き出すことができるという逆転判決にたどり着くことがあるのだから、歴史というのは面白い。ホンモノかニセモノかを断じて満足するのではなく、またニセモノを生み出した人間を感情的に非難するのでもなくて、それによって時代とか人のこころとかいった実体のないものをより説得力を持って描き出せるという可能性こそ、定説の真贋を精査するもっとも価値的な、そしてもっともエキサイティングな成果であると言えよう。


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さて、『偽物語』である。最終話となる今回は、影縫余弦のセリフに織り交ぜられる形で、いくつもの「ニセモノ」を描いてきたこのシリーズの結論ともいうべき考察が語られていた。荀子の性悪説の話からはじまって、ホンモノとニセモノはどちらに価値があるかという貝木の設問を通じて、結局はニセモノの正義でしかなかった阿良々木火憐や、ニセモノの家族であることが判明した阿良々木月火が、「ニセモノだからこそ」と胸を張れるポジティブな生き様の少女たちとして描き出される。


いまこの感想記事で、アニメとまったく関係の無い話を延々と書き綴ってしまったのは、もちろんアニメで語られていたテーマに相通じるところがあると感じたからなのだが、それはホンモノとニセモノでは価値の着眼点が異なる、という部分によく表れていると思う。


ホンモノは、ただ存在しているだけで価値があると言える。歴史で語られてきた定説やその証拠となる遺物が、正真正銘ホンモノであるらしいということが分かれば、それだけでその事実は意味を成す。このホンモノに対して、その事実が明らかになってどんな利益が生じるのか、なんて無粋な疑問を投げかける非科学的な態度は、取るべきではない。科学が人の役に立つ場合というのは、たいてい、ごく狭小な分野の事例に過ぎない。とくに歴史なんて、2千年も前のことを知ることが現代社会にどんな影響を及ぼすわけもなく、直接的な影響という意味では創作・捏造されたニセモノの歴史物語のほうがよほど役に立つだろう。だが、それでも科学に従事する者は、真実を探求せずにはいられない。なぜなら真実はそれ自体が価値だからだ。


ニセモノよりもホンモノのほうがずっと価値がある、と即断した影縫余弦は、彼女自身がホンモノの陰陽師として活動することで、自らの体でもってその判断を証明している。ホンモノである彼女は、自分の行為が悪だとは思わない。また自分の仕事に対する葛藤もない。ホンモノの能力者として、ホンモノの怪異を本当に相手取って仕事をこなしていくだけだ。あるべきところにあれ、それがホンモノたる彼女のスタンスであると言える。怪異が人間を騙しながら暮らしているという状況を許そうとしなかったのは、劇中で彼女が阿良々木にその弊害を語っているよりも、ずっと根本的な価値判断に由来しているように見えた。




一方でニセモノは、その存在自体にはまず価値がない。ニセモノの価値は、せいぜいがホンモノの代用品くらいなもので、ホンモノが存在しなければニセモノも存在し得ず、言ってみればニセモノはそれ自体ではなくその役割、つまりは使用者の目的が備わることで、世界に存在することが許され、求められていると言えるだろう。偽物の聖遺物をでっち上げたのは、8世紀製造の槍自体に価値を見出したからではなく、偽ることで人間の求める目的を果たそうとしたのだった。ホンモノの槍があればベストだけれど、残念ながらそれは見つからないので、代用品を持ってきて穴を埋めたのである。


阿良々木月火も、彼女が不死鳥という怪異である以上、血縁関係としての阿良々木家にその存在理由は無かったはずだった。いや、人間社会そのものに存在する価値が無いのだと、影縫は言うかもしれない。しかし不死鳥は自身の生態(?)に従って、我が身を消滅させないためという個人的な理由でもって、本来の阿良々木月火の生命を奪い、そこにできた空白にその身をはめ込んだ。そして幸いなことに、阿良々木暦が、月火という名の妹の存在を絶対に必要だと見做して、妹の代用品でしかないはずの不死鳥をホンモノの妹として受け入れた。人間と言うイキモノは時に物理法則にとらわれない非合理的な判断を下すことがあるので、家族という概念を都合よく拡大解釈(もしくは定義の見直し)をすることで、ホンモノとニセモノの境界を曖昧に誤魔化すことができたのだった。ここで行った阿良々木暦の”嘘”も、その嘘を通すことではっきりと利益を生じさせることができるという点で、ニセモノが存在する意義のパターンを完全に踏襲している。この「作為性」に着目したのが、この作品の大きな特徴となっていた。


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作品解釈からはふたたび脱線してしまうけれど、このようにニセモノの価値を定義することは、仏教思想に通じるものがある。


性悪説の説明のところで、善行はすべて偽善にすぎないという考え方が紹介されたとき、そこに「空(くう)」という概念を持ち込んで、善の行為を哲学的思索にまで高めてしまった仏教の面白さを思い返した。仏教では、重要な修行のひとつに「布施」というものがある。簡単に言ってしまえば他者に物を分け与える行為がそれにあたるわけだが、凡人の場合どうしても、これだけのことをしてやったんだから、という貸し借りの観念や、相手に恵んでやってる俺ってかっこいい、という自負心が湧いて出てしまう。そのような心の働きを、仏教では悪しきことだとして戒める。そして、布施を行っている者の心が空(くう)であり、布施を受けている者の心も空であって、さらにそこで受け渡されている物そのものをも空であると悟っていることが、完成された布施のカタチなのだと説く・・・らしい。(←じつはよく分かってないw)


ではこの空(くう)っていうのが何なのか、これもまたワケのわからない概念で、門外漢の自分にはさっぱりなのだけれど、ひとつ重要なことは、自分自身の存在も含めたこの世のありとあらゆるものは、それ単独では決して存在せず、必ず何かに縁することで生じているという考え方。つまり「空」とは文字通り空っぽで何もないという意味ではなく、実体よりも関係性に着目した存在論のことであるようだ。


たとえばこの「妄想詩人の手記」という感想ブログの実体・本体はどこにあるのか。トップページURLが本体かと言えば、そこだけ見ても記事の中身を読むことができないから、それだけではこのブログは成立していない。ひとつの記事を開けばひとつの文章は読めるが、そこに書いてあること単体でこのサイトが成立しているわけではもちろんない。では仮にサイトの文章をすべて読んで記憶したとしても、それは大前提として記事で取り上げられているアニメを見ていなければ、これらの文字の集合は感想記事の意味をなさない。結局このブログの実体・本体はデータとしてどこかに存在しているわけではなく、トップページや、個々の記事や、ツイッターや、TV放映されたアニメ作品、あるいは他の感想ブログといったもののそれぞれと、切り離すことのできない多様な関係性を築くことで、概念としてその存在が認識されていることになる。ある存在をこのように、実体ではなく様々なモノや概念との関係性によって認識し、さらにそうした実体のない存在が無限に関係を持ち、相互に依存しあってこの世界が成立していることを理解することが、空という概念を理解する第一歩なのだということだ。(ていうか激しく間違ってると思うので気になる人はちゃんと勉強してくださいw)


で、この無茶な脱線っぷりを『偽物語』に無理やり戻すと(笑)、つまりこの作品で描かれていたニセモノたちは皆、他者や、環境や、些細な出来事のひとつひとつと、切っても切れない密接な関係で繋がれることによって、はじめてこの世界に存在を許され、意味を成しているのではないか、ということだ。ニセモノには存在そのものの価値はなく、だからホンモノのほうがニセモノよりも当然価値があると考えるのが当然といえば当然の価値観だ。しかしそこに人間の作為(=他者との関係性の構築)を考慮することによって、ニセモノがホンモノと同等か、それ以上の価値を有する可能性が指摘された。その指摘は、まだモラトリアムとして社会からある程度無関係でいられた(そう装うことが許されていた)学生時代の貝木たちによって示されたものだったが、嘘だってニセモノだって全面肯定してやるよと言わんばかりに息巻く阿良々木暦によって、より人間らしい生き様を示すスタンスとして補強されることになった。


人間らしい、と書いたが、自分の印象としては、よりもっともらしい考え方と映る。存在がただそれそのものとして単独で存在し得ると見做すよりも、存在そのものに実体はなく、それが無数の存在や現象との関係性によって成立していくものだとする仏教流の発想は、この世界や人間の活動、なにより魂のあり方も含めて、その解釈の仕方に強い説得力を感じる。そして今作がそんな仏教哲学に通じるテーマ性を孕んでいることは、阿良々木暦という主人公の成長や言動を通じてしっかりと提示されている。彼はかつては自分を友達のいない孤独な存在と認識し、またその孤高っぷりに酔っていた面も少なからずあったようだったが、忍野メメをはじめとする数々の人や怪異との出会いを通じて、他者との関わり、影響、因縁なしには自分が存在しないことを悟っていく過程を歩んできた。また怪異にしても、それが常に人の心に深い縁を持ち、舞台の表と裏で相互に依存しながら共存している様が、『化物語』以来繰り返し描かれ続けてきた。


思えば最初の「ひたぎクラブ」のエピソードにおいて、戦場ヶ原ひたぎが蟹の化け物を撃退して過去の自分を切り離すのではなく、土下座して謝って、自分を形成してきたあらゆる関係性をすべて返して下さいと願ったそのときから、この作品は一貫して同じテーマを貫いてきたのだった。それを今更になって気づかされた自分の情けなさにうなだれながらも、今作の描く人間像の深さに改めて驚かされたのが、「つきひフェニックス」最終話だった。




ニセモノに付随する作為の痕跡、すなわち嘘をつく人間の意志のありかに価値を求めた「つきひフェニックス」。このエピソードは、人と人、人と世界との関わりを見つめ直すという『化物語』以来のテーマを結晶させた、感動的な、そしてそれ以上に極めて示唆的な物語であったのではないだろうか。



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それでは、これにて以上となります。これまで読んで頂きどうもありがとうございました。


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この記事へのコメント

2012年03月21日 09:16
どうも、おひさです。

いやー、ある意味おパゲーヌスさんの真骨頂みたいな記事ですね。圧倒されます。半分ぐらいわけわからんけど(酷)

とりあえずこのエピソードが、今までの「物語」シリーズの集大成である、というのはなんとなく分かります。
確か忍野の考え方が仏教に則している、という話を聞いたことがあります。中庸的な彼のスタンスはそのまま、このシリーズ根底のテーマでしょうね。

しかしながら、このエピソードの結論として貝木の理論を持ってきているのが面白いです。その理由は、「その方がカッコいいから」なんだと思いますが(笑)

ぶっちゃけこのシリーズ、感想を書く上ではピンドラよりずっと厄介でした。あっちは記事の質はともかく書くことには困りませんでしたから。誤解を恐れずに言えばアニメには本来向かないシリーズだんたんじゃないかな、と思います。
おパゲーヌス
2012年03月21日 17:52
>ぽんずさん
自分でも何書いてるか分かんなくなるときがあります。これでも何度も脱線削りましたw お褒めにあずかり光栄です。

まぁ仰る通り、書くことが見つからずに途方に暮れることが多い作品で、面白かったという気持ちをどうやって表現したらいいのかと地団太を踏む回とかも多かったですから、最終回くらいはがっつり書いておこうかなと。アニメに向かないシリーズというのはアニメ放映以前には散々言われていましたが、それをこうやって見事に、我々の想定を上回る映像化をしてしまったシャフトにはつくづく脱帽させられます。ホント好きだ、この会社。

忍野が仏教的だというのはすでに指摘があったんですか。なるほど、どうやら自分の感じたこともそれほど的外れではなかったのですね。劇中でのホンモノニセモノの価値の勝劣で言えば、ホンモノとニセモノはそのどちらもが等価値とする忍野は、どちらか一方に価値を置く二人の哲学に対して、やはり仏教的なバックボーンを持っているのだろうとは思えますね。
2013年07月28日 04:38
お世話になります。とても良い記事ですね。

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