さくら荘のペットな彼女 第8話「どでかい花火をあげてみろ」

み、水着回で泣かせるんじゃねーよ・・・






眼鏡っ子ななみん戴きましたーーーっ!!!


脈絡のない始まり方をしたから何かと思ったら、それ以上に唐突に七海の眼鏡&ジャージ姿にびっくり。ちくしょう、可愛いじゃないか!! 二次元と三次元とを問わず眼鏡女子が大大大好きな自分には、この先制パンチは強烈すぎたよ。いままで椎名ましろこそメインヒロインだっとずっと思ってたけど、そろそろ撤回するわ。ななみんこそ主役。今期アニメの至宝だと思います。ジャージとセットになってるのがまた心憎い。


さらに後半部では、まさかの「はいてない」属性まで獲得してしまって、もう本当に恐ろしい子だわ。世話焼きでツンデレで健気な幼馴染タイプってだけでも十二分にポイント高かったのに、回を追うごとにマルチな魅力や属性を獲得していって存在感を倍増。もはやすっかりメインヒロインの風格を漂わせ始めたよ。もちろん椎名ましろにはこれはこれで神々しささえ感じる別格の存在感があるわけだけど、じゃあ空太の恋愛は ましろルート一択になるかといえば、必ずしもそうはならない可能性がぐっと増してくるくらいには、七海の発するオーラが強力になってきた。これは今後の恋模様の行方が分からなくなり、俄然楽しみになってきた。




ましろに関しては、今回は一丁前にやきもちを焼いて見せたり、空太の応援をしようとまっすぐな想いをプレゼントに託してぶつけてくるなど、いままでよりもぐっと感情表現に深みが出てきたのは事実だ。けれど彼女の不利な点は、シリーズ前半部においてかなり徹底して女性性を感じさせないような言動を取らせてきたので、せっかくの美貌にもかかわらず、空太がまるで彼女を異性と見なくなってしまったことだ。


ましろの大胆な姿にどぎまぎすることはあっても、それはたとえばイキナリ目の前でエロティックな写真やイラストを広げられた際の反応と何が違うのか分からない。あくまで生理現象であって、そこに恋愛に類する感情はまったく芽生えない(というより、変な気持ちが芽生える余地がないように、空太は自分自身を思想改造してしまっている)。空太にとっては ましろはあくまでペットもしくは赤子も同然であり、その認識が変わらなければ、どんなに ましろからアプローチをかけたところで空太がそれに応えてくれることはないだろう。恋とは何かを尋ねられたときの空太は、同じことを3歳児から問われても似たような反応を示すのだろうし、ましろの水着を褒めるのも、駄々っ子をあやすような口ぶりだった。ましろを直視せず照れ隠しのようなしぐさを見せたのは、子どもとの接し方を知らない少年らしい表情であったとは思うけれど、相手を異性として意識していた七海の水着との反応の差は歴然であった。


もし今後ましろが空太と恋愛関係になりたいと願うなら、とにかくペットや赤ん坊としての扱いを脱却して、まずは歳の近い家族へ、次いで同い年の友人へと認識を改めさせ、そのうえで自分のことを一人の女性として捉えてもらう必要がある。ひょっとしたら ましろ自身もそのことは薄々感づいているのだろうか、今回などは以前よりも雰囲気が変わって、着実に脱・ペット扱いを目指しているらしい様子を見せてくれた。いまの段階ではまだとても空太の恋人候補にはなっておらず、七海との三角関係だって不十分に過ぎるもどかしさがあるが、遠回りをしている ましろが早いところ恋愛ドラマの舞台に上がってきてくれることを期待したい。


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さて今回のエピソードの本題は、夢に向かって頑張る空太の物語だ。以前から何度も劇中で描写されていたゲーム企画への投稿が、いよいよ本番の勝負時を迎えるという展開。


とはいえ、その合否の行方がクライマックスシーンに描かれるのではなく、あっさりチャレンジに失敗して傷心の空太が、さくら荘の皆の励ましもあって、決意を新たにもう一度前を向いて走り出す姿が描かれる。水着だとかノーパン密着だとかのサービスシーンが、こんなに濃密な(ともすれば重たいと忌避されがちな)ドラマの中に違和感なく盛り込まれているのがスゴイ。空太が落ち込んでいて、七海やましろが彼を心配して神妙そうにしているときに、いきなりパーティだ水泳だと言い出す先輩方の度量の大きさに感服させられるエピソードでもあった。


以前、夢を目指すかどうかと空太が悩んでいたときに、三鷹たちはかなりきつい言葉や態度で空太を奮い立たせようとしていた。そのころと比べると、今回の三鷹や美咲の励まし方の違いが強く印象に残る。まだ立ち上がってもいない少年に対する言葉と、すでに走り始めている者を応援する言葉とを、彼らなりに選び取っているのだろう。


それは逆に言えば、今回の空太はまだ立ち止まってはいなかったように、三鷹たちの目には映っていたということだ。 傍から見れば、決心がつかずに立ち止まったままだった序盤の頃の空太と、挫折を味わって肩を落としている今回の空太とで、どれだけの違いがあるのか分かりかねる部分がある。挫折したことで、ふたたび夢をあきらめて「普通の」人生を送ろうと決めてしまう恐れも十分にあったはずなのだ。それなのに美咲と三鷹は、空太の直面している悩みなど気付きもしないそぶりで、まったく無関係のようなイベントを企画し、空太を巻き込んだ。夜中の学校プールに無断で忍び込んでのハチャメチャな大立ち回りは、空太にとっては結果的に、自分で足を動かすことの楽しさに気付き、本気で挑戦しているからこその挫折の「楽しさ」を自覚するきっかけとなった。これはまるで、つい立ち止まりかけた空太に向かって、いまそこで止まってはいけないと教えてくれているようであった。本気で夢を追いかけている先輩たちだからこそ、空太がいまどれだけ本気で自分の夢に打ち込んでいるかが分かったのだろうし、そんな今の空太が知っておかなければいけない大切なことをこのタイミングで伝えることができたのだろう。


とくに美咲あたりが、くだらない遊びに全力を尽くす場面がしばしば描かれるけれど、彼らにとって夢というのはいわば遊びの延長上にあるのだと思う。彼らの夢や目標は別に誰かから義務付けられたものでもなければ、夢を捨てたって誰かが困るわけでもないし、さらに言えば彼らの才能がそれにふさわしいかどうかさえ分かっていない。ただただ楽しいから、彼らは夢を追いかける。その姿はまるきり、目の前のテレビゲームや鍋パーティやプール遊びを全力で楽しもうとする姿となんら変わらない。ただし彼らの全力とは並大抵のものではないことが、劇中の過度に脚色された描写からもひしひしと伝わってくる。その本気度こそが、さくら荘に暮らす若者たちの強みだ。


真夜中のプール遊びも、せっかく用意した鍋も、無粋な警備員(=大人あるいは社会の常識)による乱入・妨害によって中断を余儀なくされてしまった。けれど、妨害されてもそのたびに、彼らはすぐに復活し、新たな計画を練り上げて、他者の迷惑も顧みずに全力で楽しさを追い求めるのだ。そんな彼らの姿を見た警備員が、「好き勝手に青春を謳歌しやがって!」と怒り狂ったのは象徴的な場面だった。そう、彼らは今まさに青春を謳歌しているのだ。何度失敗しても構わない、他人にどう思われようと知ったことではない、なりふり構わずやりたいことだけをやっていられる、そんなかけがえのない一瞬間を彼らは全力で生きているのだ。目指すは、前方に高々と上がるどでかい花火。立ち止まったり後ろを振り返ったりすれば、たちまち悪い大人に捕まってしまう。迫りくる時間に追いつかれないよう、ただ必死に、しかして楽しく、全力で走りぬけてゆく。それこそが「さくら荘」ライフのあるべき姿であり、今作が常に描き続けている青春像と言えよう。




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それでは、今回は以上です。


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