中二病でも恋がしたい! 第10話「聖母の・・・ 弁当箱」&第11話「片翼の 堕天使」

恋が始まったと思ったらいきなりこんなツラい展開とは。勇太も覚悟して悪役引き受けてるんだろうけれど。



自分は六花というキャラクターが、恋という現実によって妄想を打破することになるのではないかと予想していて、それは二人の告白シーンとその前後の描写で半分は正解に見えたのだけど、やはり父の死と家族との断絶は六花にはあまりにも重たく受け入れがたい現実であり、恋によって簡単に上書きできるようなものではなかったようだ。


凸守の訴えかけを聞くまでもなく、六花が勇太を選んだのは、彼が六花の中二病をもっともよく理解してくれ、それどころか積極的に六花の背中を押してくれた唯一の人間だったからだ。そして本来ならば、中二病卒業者にして六花のもっともよき理解者である勇太は、六花が恋や友情を通じてこの現実世界を受け入れられるよう、そしていつかは父の死を納得できるように、軟着陸させてあげるのが彼氏としての役割だったのかもしれなかった。けれど十花の海外渡航によって確定してしまった母親との同居、という物理的な制約と、六花との関係が微妙なその母親のいろんな感情がこもったお弁当という精神面での圧力に屈して、勇太は性急に六花の変革を求めてしまった。


恋は盲目、という言葉が、今回ばかりはあまりに残酷だ。生まれて初めて知った恋という感情に支配されている六花が、勇太から直接に投げつけられた要求を拒否するのは難しかった。あるいはこれまで自分の味方をしてくれた勇太から裏切られたことで、事態がいよいよ切迫していることを六花も悟ったのかもしれない。いずれにせよ、恋をしたことでこれまで以上に強くなった現実からの干渉の前に、六花はとうとう膝を屈してしまった。こうなってしまっては、”ふつう”になろうと努力する六花を見て微笑みかける勇太のその笑顔自体が、六花にとっては枷のようなものだろう。


六花の変貌ぶりに激怒する凸守は、健気だがやはり幼い。凸守が勇太に喧嘩を吹っ掛ければ、そのぶん勇太もムキになって態度を硬化させてしまう。凸守とぶつかり合う勇太の姿は、そっくりそのまま、昔の十花のように見えた。一時の感情を押し殺してでも現実世界に適合したほうが幸せになれるなんて、決めつけもいいとこだろうに、そこを何が何でも曲げようとしない。


結局、意地を張っていると評した丹生谷の分析が、もっとも的を射たものだったと言えるだろう。中二病を卒業した丹生谷は、現実世界と折り合いをつけながらも中二病的妄想を趣味として楽しむ術をよく分かっている。いや、六花や勇太たちに付き合った半年間の経験が、中二病とうまく付き合うやり方を丹生谷に教えてくれたのだった。そしてそれは、勇太が六花に教えてあげなければならないことだったと思う。


ちょっとした手違いからずいぶんとこじれてしまった感のある勇太と六花の信頼関係。次回は最終回ということだが、最終的には六花がふたたび中二病を取り戻す展開になりそうだという予測はつくけれど、それは彼女が現実とどう対峙したかによって印象が大きく変わってくる。父の墓参りに向かう六花に、本当に墓の前に立たせるのか、それとも墓を見せずに勇太が連れ戻してくるのか、その選択が二人の物語の方向性を決定づけることになりそうだ。そこにどんなドラマが待っているのか、心より楽しみにしておきたい。



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それでは、今回は以上です。


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