おとめ妖怪 ざくろ 第5話「わな、粘々と」

相変わらず、細かいところまでこだわり抜いた丁寧な作品だなぁ。




・動き出す陰謀と、強まる絆


いままでちらほらと顔を出していた敵対勢力が、いよいよ本格的にドラマに絡んでくる今回のエピソード。妖人たちによる組織だということ以外、まだ何も分かってはいないのだが、にわかに殺伐とした空気が広がり始めた。


張りつめた緊張感の中で描かれることとなった、今回のミッションである夜会の警護。しかしそこは、3組がそれぞれの仕事を果たしつつも、華やかな宴を楽しむことも忘れない。屋外で二人だけの時間を過ごしている薄蛍・利劔ペア。花楯中尉の介入でちょっとしたラブコメが発生しちゃってるざくろ・景ペア。とにかく能天気な雪洞・鬼灯とそれに振り回され恥を忍ぶ丸竜のおちゃらけトリオ。それぞれしっかりドラマが進行していて、微笑ましい光景が繰り広げられる。各キャラクターの表情が分かりやす過ぎるくらいに丁寧に描写され、とくに心の高ぶるシーンでいちいち少女漫画チックな時間や画面の使い方をしていたのが、あまりにも絶大な効果を発揮していた。見ているこっちが恥ずかしくなりそう^^




しかし楽しい時間もほんのひととき。いよいよ敵が表立った行動に打って出て、一気にスリリングな展開へと転がり込んだ。今回はまた作画が良かったなぁ。利劔の剣戟シーン、雪洞・鬼灯の活躍、ざくろの狂ったような攻撃と、アクションだけでも見どころ満点。それに加えて、今作の場合はアクションなんてあくまでオマケでしかなく、より丁寧にドラマと人物描写に力を入れてくるのが素晴らしくて、画面からまったく目が離せなかった。


とくに蜘蛛女との激しい戦闘は、雪洞・鬼灯の覚悟を見せつけられる、迫力満点のクライマックスだった。なんだか第1話のころからすでに丸竜への好感度が100%だったようなこの双子だが、ただミーハーなだけではなく、ちゃんと決意を持ってパートナーシップを構築しようとしていたのが、よく伝わって来るシーンだった。さらに言えばここは丸竜が、二人のけなげな信頼を受けとめられておらず、肉体的にも精神的にもまったく未熟であることを痛烈に自覚してしまったのが、泣かせる。第3話で景がざくろに対して感じたのと同じことを、よりいっそう強く悟ってしまったのは、丸竜にとってすごくショックだったことだろう。


ここに来て、敵の動きが活発になると同時に、それぞれのパートナーがだんだんと距離が近しくなり、また成長を見せるようになってきた。というか、より敵が強大になったことによって、より真剣に、パートナーシップや個々人の鍛錬の必要性を痛感させられてきたと言うべきだろう。半妖たちの能力も一通り出揃ったし、またお互いの絆を求めあう双方向の意識付けが次第に構築されてきた段階だ。もちろんまだまだ、真のパートナーには程遠いかもしれないが、今後の成長が楽しみな3組の様子であった。




・作品テーマの抱える二重構造


丸竜が勘違い(?)したように、敵が政府のやり口に反対するテロ組織であったとしても、今作なら十分に深みのある劇に仕上げることができそうだと思う。なにしろ、多数派と少数派、支配層と被支配層、進歩と伝統、そういった思想が対立する社会の中で翻弄されつつも懸命に生きてゆこうとする半妖の乙女たちの姿は、これまでの話数だけでも存分に胸を打つものがあったからだ。だからそれを軸にした、社会派志向のドラマとして展開してくれても、非常に面白くなったのではないかと思う。


しかしどうやら、今のところはもっと個人的な因縁にまつわる物語になりそうな予感だ。ざくろの出生の秘密や、”つくはね”という名で呼ばれる彼女の母親の存在が、このシリーズの主題となってくるのであろう。むろん、だからといって、キャラクターとバトルだけを見せるような、少年向けコミックに良くある展開にとどまるのではなく、ざくろを中心とした人間ドラマの向こう側にきっと、これまでに垣間見せていたような鋭い問いかけのメッセージ性が込められるであろうことは大いに期待できる。




ざくろというキャラクターは、二重の意味で重荷を背負っている。ひとつは、自身の出生と母の行方に関する強い執着だ。これはざくろのトラウマと言ってもいいし、また彼女が自分自身にあえて課している責任でもあって、いまのざくろの人格を支える土台ともなっているのだが、この執着はざくろ自身をずっと縛り苦しめている。またそうした個人的な事情とは別に、半妖であるというその境遇そのものが、ざくろたちへの重荷となっている様子は、すでに何度も描かれている通りで、これは社会システムや集団心理に原因を求めることができる。


となればこの作品は、ヒロインであるざくろを縛っている二重の苦しみを、いかに取り払って見せるかが最大のポイントであろう。ざくろ自身が背負っている個人的な重荷と、妖人全体が背負わされている理不尽な苦しみと、その双方を、総角景や妖人省の皆で解決していくところに、今作の目指している地点があると思われる。


テレビシリーズでそれがどこまで描かれるかは分からないものの、今作の基盤にある二重構造によく注意を払いながら、今後も鑑賞していくのが良いのだろう。




・細部までこだわった丁寧な作品作りが見事


前述した通り今作は、アニメとしてよく映えそうなラブコメやバトルの要素を、”売り”としてそれほど重要視はしていない。今作のような展開のドラマをやるのだったら、もっと異能力バトルものとしての見せ方を選択してもおかしくは無かったと思うのだが、恐らく原作の持ち味がアニメでも十分に通用すると思ったのだろう、バトルそのものよりも、その前後や日常風景の中で描かれる、非常に丁寧な人物描写を前面に打ち出している。それは、映像演出においてもそうだし、そもそも脚本の段階から、劇の主眼に独自性を求めているように見える。


このような作品作りをする場合、どうしても地味と思われている要素で勝負をすることになるために、作り手には通常より一層の注意や努力が求められると思う。脚本や映像の中に、作り手の意図しない違和感が少しでも混在してしまったら、その小さなほころびによって作品の全てが台無しになってしまうのだ。粗削りで突っ込みどころが多くても勢い任せに強引に視聴者を引っ張っていけるような作品とは、まるで求められている神経が異なる。


今のところ今作は、この点をじつによくわきまえて、驚くほど丁寧に作品作りをしているようだ。ストーリー展開への評価はまだ何も下すことは出来ないが、画面から伝わって来るキャラクターの感情には、余分な雑音や違和感がほとんど感じられない。あえてセリフにせず、黙して語らせるという手法をふんだんに用いている点など、技巧的な脚本が果たしている役割も大きいだろう。セリフのひとつひとつが映像とよくマッチして、視聴者を自然と画面世界に引き込んで行く、そんな不思議なチカラがこの作品にはある。


また細部へのこだわりという意味で、人物描写にとどまらないレベルでの努力が伺えるのが、今作の持つ独特の世界観をよく演出できている要因だ。例えば今回、花楯中尉が靴を履くシーンがあって、なんと彼は靴下では無く足袋を靴の下に履いていた。明治期の文化なんて自分はさっぱり疎いけれども、わざわざこんな描写をするということは、きっと当時多くの人が、足袋の上に革靴を履いていたのだろう。このようなちょっとしたシーンまで丁寧に作り込んでいるというのは、それだけで作品にとっての大きな武器だろう。


各話単位で見れば、これだけ見事に作り込まれている作品である。最終話を迎えた時には、全体のストーリーも含めて素晴らしかったと言えるような作品になってくれることを、期待しておきたい。





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それでは、今回は以上です。


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