夢喰いメリー 第1話「夢現」

なんというアニメが始まったのか!




・驚きと興奮の第1話!


いや、すごい回だった。あなどっていたワケではないけれど、ここまでの出来になろうとは完全に予想外で。いつも通り原作についてはまったく知らなかったので、木曜深夜枠では、分かりやすくSFラブコメな『IS<インフィニット・ストラトス>』のほうがきっと楽しめるだろうと思っていたのだけれど、完全にその予測を覆された。こんなにゾクゾクさせるアニメーションを見せてくれるなんて!!


もう今回に関しては、頭から終わりまで一瞬たりとも気を抜くことができず、1カット1カットを食い入るように見つめていた。いちいちとにかくキマっていて、純粋にカッコよすぎる上に物語ともよく連動していたからとても効果的だった。仮に脳内の映像を完全に画面に再現できるツールが開発されたって、この30分を演出するのは不可能だよ。受け手側の想定をはるか下方に置き去りにするような出来映えだったのではないか。画面を見つめながら、「なんでこんな発想が出来るの!? 馬鹿じゃないの!?」と何度も叫んでしまったw 背景もめちゃめちゃ綺麗だったなぁ。


いあ、お話のほうはさっぱりだったけれどww この作品は謎の多い世界観設定を解き明かすところに物語叙述のひとつの軸があるのだろうから、今はいろんな仮説や憶測を立てながら、とにかく画面に没頭し、そこで表現されていることをとにかく追いかけて行くしかない。追いつくことが難しいくらいの速度を保って走り抜けるのが、作品としてはもっとも適度なペース配分になるのだろうから、そのあたりは作り手の意図にそって、しっかりと翻弄されておきたいところだ。




・虚構的画面の演出する、夢と現実の不気味な交錯


しかし本当に素晴らしかった映像演出。夢と現実が交錯する世界をたっぷりと虚構的な肉付けを行いながら、これでもかと描きあげていった。見るからに不思議空間な夢の世界(?)は当然としても、現実世界の日常描写においてこそ、いよいよ違和感たっぷりに演出していく。


夢から覚めた主人公・藤原夢路の体が明暗真っ二つにされながら暗い側へと転げ落ちるシーンは、分かりやすく象徴的な場面だった。そこから、ことさらに現実世界の空虚さとそれに付きまとう不安を煽るかのように画面が組み立てられていくAパートは圧巻。何気ない会話シーンでもわざわざ凝ったカメラアングルを採用しまくって、とくにこの画面世界がレンズの向こう側の虚構空間なのだということを強く強く意識付けるカットがとても多かった。


今回描かれたのは、夢路とメリー、この二人のキャラクターが、夢と現実の狭間で揺れ動く不安定な世界を、行ったり来たりする物語だ。それを描くのに、映像において採用されていた虚構性の強調が、これ以上ないほど効果的に作用していた。平穏な日常風景においてすら、アニメーションはことさらに、我々視聴者と画面中の世界を峻別する。テレビ画面という平面が、現実と虚構の間に横たわる越えられない壁として強烈に作用しているのだ。だが、今作で行われていた峻別は、それだけではない。現実世界の住人であるはずの藤原夢路と、彼の夢。夢の世界の住人であるはずのメリーが見る、劇中の現実世界。この両者が、前半部分では決して交わらないように強調されていた。そしてメリーと夢路の衝突をきっかけに、その峻別されていたはずの境界線が、急速に曖昧になり、交錯してゆく。”境界を乗り越える”という行為に対する違和感を、境界線をあえて明確に意識付けることによって、視聴者が肌で感じるように演出していたのではないかと思う。


夢路が次第に夢の世界へと取り込まれてゆく様子は、セリフやストーリーの上では、それほどの危機感を伴ってはいない。そもそもそれほど珍しい展開とは言えないし、また夢の中で追いかけてくる猫たちのデザインや、空から美少女が落ちてくるなんていうシチュエーションも、藤原夢路が直面している事態の切迫性をあまり感じさせない要因であった。恐らく他のスタッフでアニメ化したら、もっと凡庸な作品に映ってしまうことだろう。しかし、少なくとも第1話に関しては、今作が冒頭から提示していた”境界越えの気持ち悪さ”が、見事に物語に迫真性を付与していた。


本来越えられないはずの境界を乗り越えてしまうこと。この気持ち悪さは、言って見れば合わせ鏡の不気味さだ。夢の中の世界は鏡の向こうの映像と同じように、自分のいる世界とは完全に区別された触ることの出来ない空間だ。しかし合わせ鏡の不気味さは、光線の織りなす無限反射のパラドックスによって、平面に描きだされていた触れ得ないハズの空間が途端に生き物のような生々しさを持って我々の目の前に迫りくる、そんな不気味さではないだろうか。そしてそれと同種の不気味さによって、夢と現実の交錯する奇妙な現象を演出して見せたのが今作のアニメーションだった。夢路にとっての現実と夢、メリーにとっての夢と現実、橘勇魚にとっての、ジョン・ドゥにとっての、そして視聴者にとっての夢と現実。このそれぞれがはっきりと峻別されており、さらに視聴者とアニメとがテレビ画面によってはっきりとその関係性を断ち切られているのが、本来のあり方である。しかし劇中において、鏡の世界だと思っていた夢路の日常が、さらにその中にある鏡の描きだす夢の世界と交わり逆転することで、虚構世界は生々しい不気味さを伴って我々の眼前に立ち現われてくる。このとき、我々視聴者はまさに白昼夢を見ているかのような錯覚を伴って、この物語を受容することになるのである。


今作で描かれた現実世界と夢世界は、ビジュアル的になんの接点も持ち得ないからこそ、突然の変転(例えば、夢路がジョン・ドゥの手から逃れて現実世界に戻って来た瞬間、およびその際における一瞬間の痴呆状態)が効果的に演出できると言える。あるいはそれは、猫キャラクターのデザインにもよく表れていて、リアルを象った日常世界の猫と、いかにもアニメチックな二足歩行の猫キャラとの対比には、はっきりと、現実と夢の峻別が見て取れる。しかし今作は、その異世界間の行き来を見せるだけではなく、それに伴う越境の違和感や不気味さを強烈に意識させている点が、他の作品と今作第1話との決定的な差異ではないか。このような演出方針が今後も取られるのかは分からないが(むしろ、あっさりと異次元旅行を受け入れてしまうかもしれない)、第1話で十二分なインパクトを残した今作がどこまでやれるか、大いに見ものだ。




・音楽が見事!


映像と並んで素晴らしかったのが音響関連。まず単純に、とにかくBGMが良かった! とくに弦や金管を使ったクラシカルな曲調のものが大好きで、メリーがジョン・ドゥに向かって宣戦布告(?)するくだりなんかは、勇壮な楽曲が次第に次第に劇を盛り上げていき、セリフや映像とも完璧にシンクロして、すさまじい演出効果を発揮していて涙が出た。


それから、OP・EDもじつに良かったなぁ。映像込みでOPはめちゃめちゃカッコよいし、EDはEDで、軽快なサウンドとリズムが妙な懐かしさもあってとても心地よかった。おへそを強調するメリーの絵もグッド。OP・EDに惚れるというのは、アニメを視聴する意欲を大いに掻き立てるから、自分の趣味にあった楽曲・映像を提供してくれているというのはとても大きい。


とにかく、何から何まで想定外の素晴らしさだった『夢喰いメリー』第1話。どうか最後まで、この興奮を味わわせて欲しい。期待したい!





----


それでは、今回は以上です。


にほんブログ村 アニメブログ アニメ感想へ
にほんブログ村
↑ランキングに参加中です。拍手の代わりですので、読んで良かったとちょっとでも思ったら、クリックしてもらえると嬉しいです^^

"夢喰いメリー 第1話「夢現」" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント