花咲くいろは 第3話「ホビロン」

ほびろん!! あはは、面白いw 今度使ってみよう。





今回はほぼ全編コミカルに、ダメダメ小説家の次郎丸が旅館のみんなを振り回したエピソード。次郎丸ってなんだか犬みたいな名前だけど、なんと彼の本名は次郎丸太郎というらしい。みるからに道化だが、秀逸なネーミングセンスだなぁ。



『花いろ』でエロをやってもどうしたって笑っちゃうシチュエーションになってしまうわけで、現実と妄想の中でさんざんに少女たちを弄んでいるにも関わらず、エロシーンではなくギャグシーンに見えたのはおかしかった。亀甲縛りとか女性だけでの3Pとか、ビジュアルだけでなく音(美少女声優のえっち的活用法)によるサービスもてんこ盛りで、これぞ深夜アニメ! と叫びたくなってしまう。生真面目そうな作品だと思ってたのにいくらでもこうやって暴走できてしまうというのは、作り手のセンスあればこそだ。(ついつい、『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』のおもらし回を連想したw)


ドラマの落としどころとしては、死にたがりの次郎丸を説得するのに女将や菜子、それに真打ちの緒花がきっちりと見せ場を作って、いちおう義理人情の美談としてまとめ上げる方向で、1話完結エピソードとしては申し分ない綺麗なまとまり方。「何がやりたいのか」という緒花自身の疑問にもひとつの回答を得て、次回から改めて新生・喜翠荘のドラマが幕を開けようというところか。まだ登場していないキャラクターや、緒花のボーイフレンド・孝ちゃんの出番も待望される。楽しみだ。


でも、次郎丸関連のドラマでは決して活躍したとは言い難い民子の「ホビロン!」が、この話数のタイトルになっちゃう、このバランス感覚は面白いなぁ。ホビロンだって結局は悪口だったのだけど、短絡的な「死ね」を咎められた民子が、持てる知識を総動員して悪口をこじつけたのは、成長してるんだかしてないんだか分からないw まぁ、存在自体を否定してかかるのではないだけ、マシなのかもしれないけれど。


ちなみにホビロン。ベトナムに行った経験はあるけれどそんな食べ物があるなんてことはまったく知らなかったので、食べたことはもちろん、見聞きしたことも無かった。ピータンの進化バージョンという感じなのだろうか?w ウィキには、「このような食品を食べる習慣のない国の者にとっては、見た目がグロテスクに感じられるようである」などと書かれているけれど、”ようである”って、あんたは平気なのかいって突っ込みたくなるね。



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それにしても今回は、仏壇の前の一幕において、女将とその娘・孫娘を巡る家族の絆の物語が、おおよそどこに向かうかが少しだけ垣間見れたようだ。おそらく最終回付近に、この三代にわたるパワフルな女性一家の生き方・生き様をめぐるドラマが、クライマックスとして描かれることになるのだろう。


まだ想像だが、この三人は、”生き様”が驚くほど似ていながら、”生き方”が決定的に異なっている母娘、と言って良いのだろう。図らずも今回緒花が悟って見せた「輝きたい」という”生き様”は、お婆ちゃんにも、お母さんにも、まったく共通してみられるものだ。


とくに女将は徹底して自分を殺しているように見えるけれども、しかしまるで女城主とでもいった品格でもって旅館を切り盛りしている人のことだ。仲居や女将の仕事を何十年やってきたのかは分からないが、あれだけの風格と才能を持っているということは数々の困難を潜り抜けてきたに違いなく、そしてその長い戦いを耐え抜いて勝ち残ってきたからには、ただ自分を殺してがむしゃらになるだけではなく、心の奥深くに不屈の闘志や野心を抱えていたはずだ。その闘志・野心といったものは、たぶん具体的にどうなりたいという将来の目標ではなく、緒花のように、自分を輝かせたいというただその一点を見つめて戦ってきたのではないだろうか。


きっと松前皐月も松前緒花も、その生き様の根底には同じ闘志が流れている。ただその闘志が目指すところは、徹底して自分自身の内に向けられているから、他人が築き上げたレールの上をただ言われたとおりに走れと言われても、決して納得はできない。どんな道であれ、自分で選び取ったのだというその事実を求めるような、そんな独立不羈の精神。それを、女将の娘、そして孫娘は受け継いでいるのだ。


皐月は、すでに両親によって勝ち取られ踏み固められた道であるところの旅館経営を蹴って、自力で暮らすのだと東京へ出てきた。ライターの仕事や奔放な生活態度を彼女がどう思っているかは分からないが、少なくともほとんど後悔は無いのではないかと思う。一方で緒花の場合は、やはり進むべき道の選択肢がほぼ固定的に決められている都会での生活に飽き飽きして、夜逃げという事態を未知の世界へ雄飛する大チャンスだと位置付けた。もちろん仲居の仕事なんて望んでいたわけではなかったが、仕事も人間関係も前途多難に見えた荒れ放題の道を、自分の手足で踏み固め押し広げていく毎日に、生きる実感を求めている。彼らにとっては、場所や仕事などなんでもよく、ただ自分のチカラで自分の人生を切り拓いているのだという実感こそが、自身を輝かせ喜ばせるのだろう。


そういう意味では、松前緒花は、あの女将の孫娘であったという時点で、すでに彼女自身の”生き様”は決定されており、変えようのないものである。この作品はだから、ヒロインが自分の生き様を探し求めて成長していく物語ではなく、すでにこうと決めて全力で生を戦っているヒロインが、どこを向いて立っていればよいのか分からないたくさんの迷える人々を、勇気づけ、道を指し示して、輝かしく生きることの喜びに気づかせていく物語なのだ。


そのうえで、”似た者同士”であった女将・皐月・緒花の三名が、ふたたび家族としての絆と信頼を取り戻すことができるかどうか、じっくり見守っていきたい。たぶんいかにも幸せそうな家族像を提示するのは、この一家には似合わない。だが、たとえ喧嘩ばかりしていたってそれで伝わる気持ちもあるんだという、そんな彼女たちらしい家族像に帰結するのではないかと想像している。民子と緒花の交友は、そういう点からも注目すべきかもしれないと考えているが、さてどうなるだろうか。次回も楽しみにしたい。




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それでは、今回は以上です。


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