ソ・ラ・ノ・ヲ・ト 第10話「旅立チ・初雪ノ頃」

人が生きてゆくということは、こんなにも つらくて、切なくて。。。


たとえ、どんなにそれが小さかろうと、ぼくらが、自分たちの役割を認識したとき、はじめてぼくらは、幸福になりうる、そのときはじめて、ぼくらは平和に生き、平和に死ぬことができる

なぜかというに、生命に意味を与えるものは、また死にも意味を与えるはずだから。 

― サン=テグジュペリ『人間の土地』より (堀口大學 訳)


・幸福であるということ、生きているということ


一人の老人と、一人の少女。たった一度きりの生を懸命に生き抜こうとし、またそれを生き抜いた人間の姿が、そこにはあった。「旅立チ」という言葉に込められた生と死が、今回のエピソードを貫くテーマだ。


人はしばしば、幸福と快楽とを混同する。いや、本質的には同種のものであるのだから、それもやむなきことであろう。しかし、何をもって幸福と捉えるかが、その者の人生に深く関わる問題であることを、自覚している人間は少ない。




老婆にとって、旅立ちとは、約束とは、迎えにきた愛とは、すなわち死のことであった。死は、決して悲しむべきことであるとは限らない。死とは、それが正しく受け入れられるならば、人間にとっての最後の救済であり、回帰である。つらいことの多かった彼女の人生を、全力で生き切った果ての幸福な死。彼女にとって、それが旅立ちであった。


一方リオにとって、旅立ちとは生きることである。彼女は、自身の宿命やあるべき姿から逃げまどい、セーズの街に迷い込んだのであって、彼女の人生における最初の一歩を、踏み出せずにとどまっていた。彼女は生まれることを恐れながら、卵や揺籃の中で震えている乳飲み子だ。生まれること、生きることは困難である。だが、その困難を敢然と受け入れ生き抜いた老媼と、同じように困難を受け入れている後輩の姿に後押しされて、卵から抜け出ようと戦った。彼女にとって旅立ちとは、生まれ出ることであった。




幸福であるということ、生きているということ。


人が生きてゆくことはこんなにも つらくて、切なくて、けれどこんなにも輝きに満ちている。失う悲しみを知るためには、何かを得なければならない。その何かを得ることのできた者は、失う悲しみも、失ったまま生きてゆくことの困難さも、すべてを生命の糧に変えてゆくことができる。


じつは、人生の美しさと醍醐味は、そんなところに秘められているのではないだろうか。




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まさかここでリオが退場するとは思わなかったが、政治劇のほうはこのままほとんど描かれること無く過ぎていきそうだ。公式サイトのWEB版次回予告によれば、新キャラが登場するらしい。なんだかとんでもないカットがあったが・・・?


それでは、今回は以上です。


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