氷菓 第10話「万人の死角」

これは、決して完璧ではいられない青年たちの群像劇。とってもミステリーしてて面白かった。



先輩探偵3人の案をことごとく退けたうえで臨んだ、折木奉太郎自身によるトリックの究明。入須先輩に見込まれて、本人もその気になって行われた推理は、確かに彼の優れた素質が発揮されたものとなった。


仮に真実というものがひとつであったとしても、それは見る方向によってさまざまに姿かたちを変えて見えるものだ。ある人がそれを丸いと言い、別の誰かが四角いと報告しても、両者の言い分が共に正しいことも往々にしてあり得ることである。だが本当の正解を導き出すためには、かつて誰も思いつかなかった視点から物事を捉えようとしなければならない。なるべく数多くの観測点に基づくデータと、それらをつなぎ合わせる発想のコペルニクス的転回が、推理には求められると言える。第8話および第9話の段階で、劇中・劇外に表れるデータはあらかた回収し終わっており、さらに(限定的な視点ながら)データをつなぎ合わせようとする試みが複数提示されていた。なかでも沢木口の発案である「犯人=怪人説」は、もっとも大胆な発想の転換であったとして奉太郎に強い影響を及ぼしたようで、それらを足掛かりに奉太郎は自分自身の結論を組み立てていくことになった。


奉太郎の結論は、劇中の6人の登場人物の他に、第7人目の人物が存在し、彼こそが密室の壁をすり抜けて殺人を犯した犯人だったのだという。ミステリーに疎い自分にはあれだけ詳細に説明されてもよく分からなかったのだけど(そもそもどうして密室として成立しているのかすらまだ分かってないw)、それでもカメラマンがじつは第7の登場人物だったと明かされたときには、背筋のゾっとする想いがした。トリックが明かされたことに対する称賛の念と、予想だにしていなかった場所から恐怖がヌっと顔を出した身震いとが、ない交ぜになる独特の感覚。良質のミステリーを見せられたときに感じる不気味な陶酔を、今回のエピソードからも存分に味わうことができた。


トリックが見事解き明かされた際の入須先輩の嬉しそうな顔と、試写会シーンでの観客たちの驚きぶりは、見ているこっちまでこそばゆくなる場面だ。やっと自分の才覚を自覚しやる気を出し始めた奉太郎の、何よりの勲章だったろう。それがひしひしと伝わってくるだけに、古典部メンバーのいまひとつな反応や、摩耶花によって指摘された観測データ見落としの事実は、やっとの思いで作り上げた積み木の楼閣を一瞬で踏みつぶされてしまったかのような衝撃があった。ここでその凡ミスは痛いっ!!


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振り返ってみれば今回は、じつにわざとらしくイヤらしく、奉太郎がたった一人で推理を行うように仕向けられていたエピソードだった。古典部4人が揃っていた前回までは、いつも通り着々と推理の材料やとっかかりを拾い上げていったのに、一人きりになった途端に欠陥が出てきてしまうという展開。このことで、「名探偵・折木奉太郎」という存在が、じつは古典部のチームワークで成り立っていたという事実が明るみになったと言えよう。


これは入須先輩にも責任がある。今回彼女自身によって語られたように、入須は初めから、奉太郎一人の推理力をアテにしていた。もちろんそれは彼女自身の得た情報に基づけば当然の帰結だったかもしれない。しかしそこで彼女は奉太郎に、面と向かって「特別」だと断言し、運動部のたとえ話まで持ち出して彼を天性の素質の持ち主であると評価した。奉太郎がその頭脳を働かせたがらないのは、ただ彼に自信がないだけだと考えたのだろう(そしてそれはたぶん正しかった)。しかし奉太郎の頭が冴えていたのは、まさしく彼が自分を卑下していたからにほかならず、他者に無用な期待を持たせて失望されたくない、という自己防衛の本能から、過剰に思考力を働かせ、注意を怠らず、かつ石橋をたたいて渡るほどの慎重さを発揮してきたのだった。そんな彼が、自分の評価を改めて自信に満ちた精神状態で推理を行ったらどうなるか。


彼が臆病だったのは、自分の周りにいる友人たちが皆、優秀で生き生きとして、輝いて見えたからだったのかもしれないと思う。とくに里志のことは、奉太郎はかなり高く買っている。今回描かれた会話の中で、奉太郎と里志はお互いに相手を高く評価し、また同時に嫉妬めいた感情を抱えているらしい様子が描かれた。この二人は、二人ともが自分は相手に劣ると考えており、そう思うからこそお互いの欠点を補うように支え合ってこられた。里志が補習のために離れて行ってしまい一人きりになった奉太郎が、普段だったらすぐに指摘されていたであろう致命的な見落としをそのままに放置してしまったのも、必然であったのかもしれない。


たぶん今回の推理において、奉太郎のミスは「ザイルのど忘れ」だけではないと思う。自分の結論を入須先輩に語り聞かせる場面で、どうしても一か所だけ納得できない部分があった。第二の密室がまだ破られていないと指摘する先輩を説き伏せるために「別にいいでしょう、それくらい」と啖呵を切った奉太郎の姿は、この解決編における一番のクライマックスであり要となるシーンだったが、あの奉太郎が、劇中トリックの論理性よりも映画としてのドラマ性を優先させるような結論を、導き出すだろうか? 彼は自分の導き出した第7の登場人物という結論に酔いしれるあまり、もう一歩踏み込まなければならかった推理から逃げてしまったのではないか? そしてその逃げの態度にすら、自分ではっきりと自覚していなかったのではないか?


きっとこの場面には、才能があるとおだてられた奉太郎の慢心があったのだろうと思う。依頼主は劇的な回答を望んでいるのだから、それを与えてやればいいと、心のどこかで考えたのかもしれない。本当の真実よりも、いかにして千反田えるを満足させるかに終始してきた、これまでの奉太郎のスタンス。それを今回も踏襲した格好であったと言えるだろう。才能のある自分ならば、相手を納得させ屈服させることが出来るという驕りが、そこには見え隠れする。さらに想像をたくましくすれば、2年生探偵の中でもっとも探偵らしい技能を持っていた羽場の意見を一顧だにしなかったのは、無意識に羽場を敵と見做して、その説やデータを参考にするのを忌避した可能性もあるのではないだろうか。


いずれにしても、この失敗はとにかく心証が悪い。依頼主や古典部の面々にも気まずいだろうが、なにより奉太郎が自分自身に対する評価を大暴落させるきっかけになりかねない。次回こそ改めて「正答」を導き出してもらいたいのはもちろんだけれども、せっかく自信を持ち始めた奉太郎にとって、この一件を大きな成長の糧としてもらわなければならないわけで、それが成功するのか否か、このエピソードがどのような経緯をたどって完結するのか、心して見守っていきたいと思う。




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それでは、今回は以上です。


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